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島根県「反日県議会」と愛国者たちの闘いは続いている(中) 三浦小太郎(評論家)

慰安婦問題についての議論をほぼ網羅した第3回目請願書

平成30年2月、野々村、豊田両氏を中心に、おそらく現時点における歴史的文書をほぼ網羅した第3回目の請願書が提出される。これは8300字を越える大部のものだが、その要旨を説明しつつ、この文書の意義を説明していきたい。

この請願書はまず、この「慰安婦問題」について必要なのは「冷徹かつ真摯な目でこの問題の歴史的経緯を振り返ること」であると指摘する。その上で、まず県議会側がこれらの請願書を否決するばかりか、その内容を理解しようともしていない姿勢を批判している。

「採択を否決された理由は『本人の意思に反して慰安婦として働いた女性がいたのは事実』といったものでした。しかし、二度の請願書の内容を普通に読み解けば、全くそういったものではありません。過去2回の請願も、本請願も「慰安婦」の存在を否定などしていません。彼女たちが結果的に、自分の意志に反した不幸な形で働いたことも否定などしておらず、「慰安婦」という制度が、今日の国際社会の常識から見れば非難に値することも否定していないのです。」(第3回請願書、以下、請願書と略す)

これはこの慰安婦問題を考える上での大前提である。慰安婦は確かに存在した。誰しも、女性であれば自分が、男性であれば自分の妻や恋人がそうなることを望みはしないだろう(その点では、金銭の授与があったことをあまりにも強調する議論や、安易に彼女らを「売春婦」呼ばわりする言動には個人的には反対である)。この請願書は、まずこの事実は踏まえたうえで、今問題になっている「慰安婦問題」は、全く別次元の政治的問題になっていることを指摘していく。

「平成25年6月26日付で決議された〝当該意見書″は、現在我が国が国際社会で広められてしまった事実無根の誹謗中傷を、追認する内容であり、日韓関係に大きな亀裂をもたらした「河野談話」さえも逸脱する内容であるから、これを認めてはならないというものです。慰安婦は確かにいたが日本軍や国家が強制などしていないということです。」

「プロパガンダに利用され、ありもしない嘘と捏造で、著しく貶められた我が国の尊厳を回復させるためには、平成25年6月26日付で決議された〝当該意見書″を撤回していただくことは絶対に必要なことなのです。」

その上で、戦前の日本には公娼制度があり、売春は公認されていたこと、全国各地に「女郎屋」と俗称された売春宿があり、そういったものが軍専属となり、そこで働く女性が「慰安婦」であること、しかし、「従軍慰安婦」という事実上戦後の造語が定義しているのは「

本人の意思に反して強制的に軍に連行され売春婦にさせられた女性」の意味であり、朝日新聞を中心としたジャーナリズムは慰安婦をこのような存在として報じてきた。「強制的に売春婦にさせられた」という見地は、必然的に「性奴隷Sex slave」という概念を呼び起こし、日本国がまるで20世紀に奴

隷制を行っていたかのような印象操作につながることが、線願書では丁寧に説明されている。

さらにこの請願書では、現時点で、日本国ならびに日本軍が、その意志のない女性を組織的に「強制連行」したという物的証拠も文書も一切発見されていないこと、加害者の証言として証拠とみなされてきた吉田清治の証言「私は韓国の済州島で朝鮮人女性を強制連行した」は全くの虚偽であったことは、彼の証言を報じてきた朝日新聞ですら認めたことが指摘される。その上で、慰安婦の中には貧しい農村などから身売りされた不幸な女性が多数含まれていたのは事実であり、その中には悪質な女衒に騙されて連れてこられたことは当時の情勢下ではありえたことだが、それを日本国の一義的責任にはできないとし、その根拠として、日韓国交正常化の時点で韓国政府がこの問題を全く提起していないことを確認している。

さらに請願書は、日韓条約が締結された1965年の段階では、韓国側も日本に慰安婦については全く提起していなかったことに触れたうえで、いわゆる「従軍慰安婦問題」の敬意について、1983年の吉田清治証言(偽証言)の出版、89年に彼の著書が韓国に翻訳されたが、91年段階では韓国の済州新聞が、吉田が済州島で「慰安婦狩り」をした事実はないと否定していること、この問題は80年代までは韓国側も全く問題にしていなかったことを指摘する。

しかし、この「慰安婦問題」が政治問題化したのは1991年8月11日の朝日新聞記事「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口を開く」がきっかけであり、その後慰安婦問題が急速に日韓の歴史問題というよりは政治問題化していったことを、請願書は丁寧に順を追って、宮沢首相の訪韓、河野談話作成過程などを追ってゆく。この部分はすでに西岡力氏、秦郁彦氏ら歴史研究家によって詳細な研究がなされているのでここでは紹介しないが、ここで重要な資料として、2011年4月27日における下條正男教授の発言が紹介されているので、まずこの部分を引用する。

下條正男教授の国会参考人での発言 衆議院外交委員会(2011.4.27)

「朝鮮王室儀軌の引き渡しの前提として2006年7月14日東京大学から朝鮮王朝実録というものがソウル大学に寄贈されている。北関大捷碑は2005年10月に韓国を通じて北朝鮮に返還されている。これは意図的に起こされたものである。」

「なぜなら、1965年6月22日、日韓は基本条約を締結している。その時「文化財および文化協力に関する日本国および大韓民国との協定」が結ばれておりこういった問題は解決していた。」

「しかし韓国側は未来志向とか歴史の和解とかの言葉を使いながら、文化財の返還を求めている。」

「なぜこのような状況になったのか。2005年3月16日に島根県議会によって「竹島の日条例」というのが制定された。竹島の日条例制定のほぼ一週間前に韓国側は対抗措置として、北東アジアの平和のための正しい歴史定立企画団(2006年9月東北アジア歴史財団となる)がつくられる。」

「2008年7月、日本の中学校の学習指導要領解説書に竹島問題が記載されたことに対抗し、李明博政権は独島研究所を設置した。」

「慰安婦問題については2007年、アメリカの下院とかカナダ、オランダで批判決議案が出される。この背後で動いていたのが韓国である。東北アジア歴史財団も深く関わっている。さまざまな歴史問題というものは日本を封じ込めるための手段である。」(請願書)

この請願書はこの下條発言について、「竹島の日条例」制定こそが、韓国における日本批判のための団体、東北アジア歴史財団結成を導き、さらにこの財団の活動によって、アメリカを始めとして世界中で慰安婦強制連行という虚構を慰安婦像と共に拡大している現状を解き明かしたものとする。ここから次の結論が導かれている。

「従軍慰安婦問題においての歴史戦は明らかに二段階に分かれています。

第一段階は朝日新聞を始めとする国内の反日勢力の仕掛けに韓国が呼応し、一気に河野談話という、ありもしない「強制性」というものを既成事実化してしまったことです。

このことによって我が国は第一段階においては完全に敗北してしまいました。」

「第二段階は島根県議会による「竹島の日条例制定」が宣戦布告となってしまったのです。

我が国においてはそのことは全く意識されてはいないものの、韓国は明確にそれを意識し、実行しています。下條教授のスピーチからは、そのことが明確に読み取れます。」(請願書)

だからこそ、島根県議会の責任は重いのだ、とこの請願書は提起する。

「『竹島の日条例制定』は国に地方議会が、国家の主権を明確に示そうとされた快挙であります。しかし一方で、平成25年6月26日付で決議された〝当該意見書″のような決議を撤回されていない県議会も島根だけです。

善意のつもりかもしれませんが、韓国との関係悪化をもたらす偽善でしかなく、はたまた国内の反日勢力に魂を売った行為でしかないとさえも言われています。

今、世界で起きている現状を正しく捉え、海外で暮らす同胞の婦女子の安全にもかかわるこの問題を放置しておくならば、やがて全国から指弾の声が湧き上がることもないとはいえません。」(請願書)

これは島根県議会が今抱えている最も深い矛盾の指摘だ。島根県は、県に属する竹島がわが国固有の領土であるにもかかわらず、韓国はそこを不法占拠している。しかも日韓条約締結以前、李承晩ラインという一方的な海上における線引きで日本漁民を多数「拉致」「監禁」してきた。このような歴史を持つ島根県が、竹島の日条例を制定したことは意義のあることであり、戦後の欺瞞を乗り越える価値ある決定である。しかし、同時にその制定により韓国側から歴史問題に対しての反撃が起きている中、全く無原則に慰安婦問題について日本の国家責任と韓国への謝罪を事実上盛り込んだ意見書を発表するというのは、竹島の日制定の意義すらも自己否定することになりかねないのだ。

さらにこの請願書は、林房雄の「大東亜戦争肯定論」を引用し、林が日韓併合時の日本の立場を一日本人として堂々と主張しつつ、同時に、韓国知識人の批判をも、韓国の愛国者として当然の意見であると真摯に受け止めていたことを紹介した上で、林の次の言葉を共感をこめて引用している。

「歴史はさかのぼることも、くりかえすこともできない。陳謝や懺悔によってつぐなうことのできるものではない。」

「私は歴史の中に逃げ込んで責任を回避するために歴史を書いているのではない。金氏(林の批判者)も朝鮮の現状を肯定するために『朝鮮現代史』を書いたのではなかった。私の『大東亜戦争肯定論』も日本の歩いてきた道と日本の現状を合理化するためのものでないことは何度もくりかえした。

ただ「歴史の偽造」と「民族の精神の全面否定と醜化」に抵抗するために書き続けているのだ。」(大東亜戦争肯定論)

請願者たちは、日本の政治家も地方議会も、何も日本の過去を全面肯定せよと求めているのでもなく、ましてや韓国の立場や発言を認めるなとも言っていない。歴史の偽造である従軍慰安婦問題を認め、日本国家・民族の全面否定を日本側がすることの偽善と精神的堕落を批判しているのだ。それは決して韓国との真の友好にはつながらないことも、請願書は明記している。

「長い視点で見れば韓国もまた国際社会において著しくその信用を損なうのではないでしょうか。我が国と韓国は「近くて遠い国」とはよく言われることですが、地勢的な観点からは緊密な関係を保たなければならないことは歴史が物語っています。(中略)真の友好は真実の言葉からでなければ決して生まれることはないのですから。」(請願書)

しかし、この請願もまた否定された。ここでの五百川氏の否定論は、県議会の性格がとてもよく表れている。ただし、答弁であるためそのままでは理解しにくいところがあり、筆者が要約させていただく。

(1)日本政府は河野談話において「日本軍が従軍慰安婦の施設の設置に関与した。強制連行された女性がいたということを否定することはできない」という私的見解を示している。これは日韓の外交的な問題であって、学術的な問題ではない。

(2)現実に強制連行はあったかなかったかよりも、女性の人権、人間の尊厳の問題であると島根県議会の意見書では謳っている。これは外交ではなくあくまで人権の問題、これを二度と繰り返してはならないということ。

(3)日本人慰安婦ももちろんいた、そのことが無視されているのは確かにおかしい。だからこそ県議会の意見書は、女性の人権問題として出されている、韓国だけの問題とはしていない。当時の自民党県連はこの考えを支持して賛同した。

(4)河野談話に抗議するのなら、また日本の外交姿勢を批判するのなら、日本政府に対し行うべきで、地方議会で判断できることではない。平成30年_総務委員会(3月8日)

これに対し、請願者側は次のように反論している。これも要点を筆者の方でまとめさせていただいた。

(1)県議会総務委員会はこちらの提出した疑問にほとんど答えようとしていない。しかも、論点をずらそうとしている。これは自由な言論を戦わせる場であるはずの議会政治の自己否定である。

(2)一点評価しうるのは、五百川委員の発言における、日本人慰安婦の存在を認めたことであり、日本政府が韓国人慰安婦だけを問題にしたのは外交的妥協で、人権問題の立場からはおかしい、それは日本政府に抗議すればいい」という趣旨の意見が聞かれたことである。

(3)日本政府は事実上、「女性のためのアジア平和国民基金」において、元「慰安婦」に対する補償(償い事業)、および女性の名誉と尊厳に関わる今日的な問題の解決を目的として設立された財団法人に対し、民間のみならず政府からも出資している。二度目は平成27年12月28日の日韓外相会談で結ばれた、いわゆる慰安婦問題の最終かつ不可逆的な解決を示した日本政府と韓国政府による合意(日韓合意)である。

(3)五百川委員の「政府がお金を出したもの」というご指摘はこの日韓合意を指すものと思われ、その外交的妥結に問題があることを指摘していると解釈するのならそのこと自体は正しい。

(4)しかし、そうであるならば、なおさら平成25年の意見書は撤回もしくは大幅に修正する必要があるはずだ。日韓合意によって(かつ、日本政府からの10億円の拠出によって)この問題が不可逆的に解決したのならば、もはや平成25年の意見書は不要なものとなり、日本政府の見解とも合致しない。河野談話は、当時の一官房長官談話にすぎず、今回の日韓両政府の合意によって事実上意味を失っているとも解釈できるはずだ。

(5)なお、当時の自民党県議がすべて納得して賛同したというのは事実として異なる。賛同したことは事実だが、多くの県議がこの問題の本質を理解せず、不本意もしくは十分な判断基準なく賛同したことはすでに複数の県議から確認済みである。しかも、党議拘束がかけられ、自由な言論や意思表明の場すら奪われていたのが現実ではないか。私たちは、歴史問題のように、個々の議員の間でも意見の異なる微妙な問題に対し、党議拘束という形で言論を規制することは民主主義の破壊であり思想統制になりかねないことを危惧する。

いずれの意見に正当性があるかは読者の目からは明らかであろう。

だが、ここで看過できない問題が一つある。それは平成27年に締結された慰安婦問題日韓合意が、県側の論拠の一つになっていることだ。

この合意において日本側は「(1)慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。」

「(2)日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、その経験に立って、今般、日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には、韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。」の二点を正式に認めている。

その後、朴槿恵大統領失脚、さらに文在寅という親北・反日政権の登場により事実上この合意内容は骨抜きにされているが、これが議会側の「日本政府も責任を認めている」という論拠に使われていることは明らかだ。この「合意」が、歴史戦において日本側の大きなウイークポイントとなることは確実であることを、私たちはさらに自覚しなければならないだろう。