gosei「天皇御製に学ぶ」

天皇御製に学ぶ 第四十七回 四宮正貴(四宮政治文化研究所所長)

明治天皇御製

「橿原のとほつみおやの宮柱たてそめしより國はうごかず」

「橿原の宮のおきてにもとづきてわが日本(ひのもと)の國をたもたむ」

明治維新の基本精神は、「神武創業への回帰」であった。わが國有史以来未曾有の大変革であるところの明治維新の基本精神は、慶應三年十二月九日、明治天皇『王政復古の大号令』に示されているように「諸事、神武創業の始に原(もと)づき、……至當(しとう)の公議を竭(つく)し、天下と休戚(きゅうせき)を同く遊ばさる可(べき)き叡念」ということである。

「休戚」とは「喜びも悲しみも」という意である。「万事、神武天皇御創業の根本精神にたちかえり、……積極的に筋の通った公正な論議を尽くして、天下の民と喜びも悲しみも共にされるという御心……」というほどの意であると拝する。

慶應四年八月二十七日に京都御所紫宸殿で行われた明治天皇即位式の『宣命』には、「方今(いま)天下(あめのした)の大政(おほまつりごと)古(いにしへ)に復(かへ)し賜ひて、橿原の宮に御宇(あめのしたしろしめし)し天皇(すめらみこと)御創業(おんことはじめ)の古(いにしへ)に基き……」と示されている。

明治天皇は、さらに、

明治三十七年 御年五十三歳

「橿原の宮のおきてにもとづきてわが日本(ひのもと)の國をたもたむ」

明治四十一年 御年五十七歳

「橿原のとほつみおやの宮柱たてそめしより國はうごかず」

と詠ませられている。

明治維新の基本精神は、「神武創業への回帰」すなわち、神武天皇が大和橿原の地に都を定められた精神に帰ろうということである。この精神に基づいて大変革を断行したのである。明治維新そして明治期の日本近代化は、実に神武創業への回帰の精神がその根底にあったのである。

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