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【ストップ・ザ・左翼政局】 明治産業遺産に難グセ、 ユネスコへ取消し要求の韓国 ‼  鳥居徹夫(元 文部科学大臣秘書官)

ウソの展示を強要する異常な韓国 

韓国は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)に「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産の登録取り消しを求める書簡を送った。

この「明治日本の産業革命遺産」は、平成27(2015)年にユネスコが登録した世界遺産。

韓国が取り消しを求めた理由は、この6月に公開された明治産業遺産を説明する「産業遺産情報センター」(東京都新宿区)に関し、軍艦島(長崎市端島)の展示に強く反発したからである。

 韓国は「朝鮮半島出身労働者に強制労働が行われていた」という説明がないとして、世界遺産登録が決まった際、「(朝鮮半島出身の)強制労役の犠牲者を記憶にとどめる措置をとることを日本は約束した」と主張する。

 ところが実際は、朝鮮半島出身者が強制的に労働させられたという事実はないのであり、展示しようがないのである。

韓国の言い分は、反日史観によるウソの展示を、日本に強要しようということに他ならない。

センターの展示では、軍艦島では「朝鮮半島出身者への差別的対応はなかった」「一緒に働いていて、給与も支払っていた」という歴史的な事実が、当時の島民の証言から明らかにされている。

残念なことに日本の一部であるが、韓国の難癖に対し、ユネスコの世界遺産を取り消せばよいという声もみられる。それでは韓国を、ますます勢いづかせ一層の悪乗りを誘発することになりかねない。

そもそも世界遺産は軍艦島だけでない。

ユネスコの世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」は、岩手や静岡、長崎や鹿児島など8県11市の23施設にわたる。

 

終戦間際の軍艦島は、世界遺産の対象期間ではなかった 

「明治日本の産業革命遺産」は、静岡の韮山反射炉や長崎の造船所ドック、福岡の八幡製鉄所など、幕末から明治にかけ近代化を成し遂げた日本の産業資産の歴史的価値がユネスコから認められ世界遺産として登録したものである。

その対象期間は、ペリー来航の1853(嘉永6)年から産業国家として日本がデビューした1910(明治43)年まで。

ところが今回、公開された「産業遺産情報センター」には、対象期間の明治時代と全く異質な昭和19~20(1944~45)年の戦時の軍艦島の展示コーナーがある。

それはユネスコ登録が決まる際に、先の大戦終盤に軍艦島に朝鮮半島出身者がいたことの明示を、日本の外務省が約束したためとされる。

言うまでもなく、それは世界遺産が対象とする期間ではない。終戦間際の軍艦島は、昭和であって明治ではない。

かねてより韓国政府は、猛烈な反日ブロパガンダを展開していた。それは史実をゆがめた慰安婦の強制連行であり、先の大戦時における徴用工の強制労働キャンペーンである。

韓国政府がユネスコの会議で配布した冊子には、北海道の炭鉱で働いていた日本人労働者の写真が、朝鮮半島出身の徴用工の写真として使われていた。

つまり世界遺産の登録妨害のため、韓国は史実の歪曲、歴史の捏造を平気で行ったのである。

 

朝鮮半島出身者の強制労働は、軍艦島になかった 

韓国外務省は6月15日、「産業遺産情報センター」が公開されたことについて、「歴史的事実を完全に歪曲した内容が含まれ、甚だしく遺憾である」との批判声明を発表した。

昭和19(1944)年9月以降、国民徴用令に基づいて働いていた朝鮮半島出身者がいたが、韓国側の言うような強制労働ではない。

賃金の支払いを伴う合法的な勤労動員にすぎず、内地人も同じように働いていた。つまり朝鮮半島出身者の強制労働はなかったのである。

むしろ、それ以前から内地に、朝鮮半島出身の出稼ぎ労働者が働きに来ていた。

当時の炭鉱労働について、センターには苛酷な労働条件にあったことも、また労働者には内地人(日本人)とともに朝鮮半島出身の人がいたことも明示してある。

韓国の言い分は、「真実をゆがめろ」「ウソの歴史を展示しろ」というに等しい。

日本側が現地で働いた経験のある人たち、そしてその家族らの証言を集めたところ、「強制連行され、差別的な地獄のような労働をさせられた」などという証言はなかった。韓国の主張は、もともとウソであった。

つまり「朝鮮半島出身者が虐待を受けた」という元島民の証言はなかった。

逆に父親が軍艦島の炭鉱で働いた在日韓国人2世の元島民の証言では、「いじめられたとか、あれは朝鮮人とか、そういったことは全く聞いたことがない」という。

ところが朝鮮日報(6/22付)によると、過去を美化する内容のみの展示で産業遺産情報センターを開館したと非難。韓国は、軍艦島を「監獄島」などとレッテル張りをしたが、誰もそのようなことをいう元島民はいなかった。当然のことである。

 

◆「明治日本の産業革命遺産」は、人類共通の財産 

明治日本の産業革命遺産は、8県11市23施設ある。

軍艦島は世界遺産23施設の一つ。軍艦島では朝鮮半島出身者も大事にされていたのが歴史の真実。

軍艦島に関しては、通常の造船ドックなど長崎周辺の展示区域と、大戦終盤の証言コーナーの2つがある。

大戦末期1944~45年の軍艦島のコーナーは異質と言える。そもそも「明治日本の産業革命遺産」の対象期間ではないのである。

 この異質なコーナーが併設されたのは、ユネスコ世界遺産登録の時に、波風を立てたくない日本外務省が、韓国の要請をOKしたとのこと。

韓国によるウソで固めた日本ヘイトに対し、政府も民間も、韓国のプロパガンダを打ち砕き、正しい歴史と真実を世界に拡散することこそ、今を生きる日本人の任務であり役割である。

言うまでもなく「明治日本の産業革命遺産」は、世界に誇る人類共通の価値を持つ。

幕末から明治にかけ日本は、困難な時代でありながら、西洋技術を取り入れながら、自らの力で人を育て、産業を興し、産業国家となった。

 海外の科学技術と自国の伝統の技を融合し、わずか50年あまりで産業化を成し遂げた日本の姿は、人類共通の遺産・財産として普遍的な価値を持つ。

 明治日本の重みを認識することが、いままさに歴史教育に欠かせない。

 世界に誇る「明治日本の産業革命遺産」を、正しく評価しアピールすることが日本に求められる。