kokutai「日本への回帰」「揺るぎなき国体」

【日本への回帰】 ―追悼・沼山光洋之命―  荒岩宏奨(展転社代表取締役)

 五月十一日早朝、まだ寝ているときに携帯電話がなった。表示を見ると警察からで、時間は五時半頃だった。何か緊急事態が起こったのだろうと思いながら、電話に出た。

 すると、靖國神社前の中通りで自殺者が出て、おそらく沼山光洋さんだろうという連絡が入ったとのことである。警察菅が沼山さんのSNSを見たところ、遺言らしきメッセージが書き込まれていたので、沼山さんで間違いないと思うとのことだった。

 沼山さんがやっていた靖國會のツイッターを見てみると、午前二時三十五分に二回投稿している。二回とも夜に撮影した靖國神社神門の写真とともに、次のような遺言と捉えることができる文章が投稿されていた。

《五月十一日

平成の御代に御親拝賜ることなく皆様には大変申し訳ありませんでした。

本日五月十一日は第五筑波隊の皆様西田高光命のご命日です。

肉体を紡ぐことは出来ませんがその高邁なる精神は紡ぐことができます。また、紡ぐことができるのは生きている人間だけです》

《特攻隊の皆様の多くが大楠公の「忠」の精神を紡ぎ散華されたことを私達が語り紡がなければ、たった七十四年前の出来事が歴史の彼方に忘却されてしまいます。日本人の誇りの為に語り継いでください。ホームページも是非読んでください。皆様本当にありがとうございました》

 現場である靖國神社に向かった。到着したのは六時過ぎ。現場検証などが行われているかもしれないと思ったのだが、中通りは平然としていて、何事もない雰囲気であった。誤情報であることを願いながら、私は拝殿で参拝してから、中通りに戻った。すると、一ヶ所だけ濡れた部分があったので、ここが自決現場だろうと思った。血を洗浄したのであろう。

 一度家に戻った。七時前、三澤浩一さんから電話があった。搬送先の病院がまだわからないので、とりあえず靖國神社に向かうとのことだったので、靖國神社で合流することにした。合流すると、御遺体は麹町警察署に移動したことが判明したとのことで、署に向かった。

 署には大日本愛国党の舟川孝さんも駆けつけてきた。

 のちに、全日本愛国者団体会議の吉田哲雄さんも駆けつけてくるのだが、その前に沼山さんの長男と長女、元妻の御遺族が署に到着し、御遺体の確認を行った。

 そして麹町警察署で、長女から「父の遺書です」と遺書を見せてもらった。遺書は、今後のことなど業務連絡的な内容がほとんどであったが、自決理由について触れている部分もあったので、その内容を伝えておきたい。

 「自殺」とは言わないでほしい、「自殺」ではなく「自決」であるといふ旨。

 そして、全国の護国神社を巡拝したとき、靖國神社御親拝実現のために生命をかけると忠霊に誓ったので、その誓いを果たす旨。

 さらに、天皇陛下の靖國神社御親拝がかなわなかったことを批判するものと誤解しないでほしい、御親拝の環境を整えることができなかったことをお詫び申しあげるための自決である旨が書かれていた。

 また、靖國會ホームページの「新時代令和を迎えて」を読んでほしい旨も書かれていた。

 沼山さんは五月十一日、午前二時四十分頃、靖國神社神門前の中通りで割腹自決し、天皇陛下と忠霊に御親拝実現できなかったことをお詫び申し上げたのである。

 なお、「忠霊」とは靖國神社や護国神社に祀られている御祭神のことであり、沼山さんはその呼称に拘っていた。

 令和二年五月十一日には「緑光祭」として、多くの皆と一年祭を斎行する予定だったのだが、武漢発新型感染症拡大防止のために予約していた会場が使用できなくなり、中止した。今年は一堂に会することができないので、各自で沼山光洋之命の顕彰と追悼をしていただきたい。