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【論説】公約や提案を撤回する勇気も政治には必要

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自民党は10月31日、東京五輪での暑さ対策として森喜朗・同大会組織委員会会長が提案したサマータイム導入を断念し、法案提出を見送る決定をした。
 
国民生活に支障を来すような政策を取り下げることは、国益にマイナスとなる政策をゼロにする行為であり、国益となる政策と同様、相対的に国益にはプラスになる。政治家としての資質には疑問符がつく森氏の提案も、サマータイムについて国民的議論を促す契機になり、結果的に良い問題提起となった。元首相の提案に怯まず、退く英断を下した党の研究会に対しても率直に評価したい。
 
国益にマイナスの政策をゼロに――同様のことは消費増税についても言える。所得税や法人税と異なり、消費税には“とりっぱぐれ”がない長所がある。税収の安定は国家安寧に必須であり、所掌する財務省にとって至上命題と言える。だからこそ、同省が躍起になって消費税導入に邁進することはよく理解できる。そして、全体を俯瞰してその必要性を客観的に判断することは政治の仕事である。
 
国際通貨基金(IMF)が10月に公表した主要各国政府のバランスシートを分析する報告書では、日本の財政状況は負債と資産がほぼ均衡した健全な財務状況が示された。即ち、財務省が消費税導入を国民に解く際の金科玉条としている「日本の借金は1000兆円を超えている」「GDP比200%の財政赤字はギリシャやイタリアなどを超えて世界最悪である」などというショッキングな説明について、資産を組み入れず負債額と経済規模の大きさだけを強調した偏向データであることを公に知らしめたと言っていい。
 
とはいえ、財政の大盤振る舞いが金融崩壊を招くことは世界の歴史が示しており、無制限の金融緩和や財政出動はいつの時代も富の先食いとなり、将来に大きな禍根を残すことになる。財政安定と経済安定の両者は、どちらに重きを置きすぎてもバランスを失い、全ての崩壊を導く結果を招く。
 
消費増税は、日本経済に急ブレーキをかけるバランス崩壊政策である。1989年の消費税3%導入、1997年の5%増税、2014年の8%増税以後の日本経済は、日銀や経済学者が想定していた以上の経済失速を招いてきた。元々、欧米を参考に取り入れた税制であり、消費意欲の旺盛な国では『経済失速<安定税収』というメリット優位の構図があって優れた徴収方法に見えた。しかし、平成元年の施行から始まった壮大な「消費税導入実験」の結果、日本経済には『経済失速>安定税収』というデメリット優位がはっきりしたと言えるのではないだろうか。
 
リフレ派の主張を持ち出すまでもなく、消費増税による消費抑制が所得税や法人税の税収減を招き、財政安定にプラスにならないどころか、経済失速で国民全体を不幸にするシステムであることが30年間の壮大な実験で実証されてきたと言っていい。
 
『三種の神器』が持て囃された高度経済成長期に導入していれば、ベビーブームにも乗って生活必需品を買い求める消費者が多少の価格上昇など気にせずに受け入れることもできたかもしれない。しかし、消費税を導入した1989年4月から2年後の1991年3月にバブル経済が崩壊し、日本の『失われた20年』が始まった。最早、各家庭に全ての必需品が行き渡り、無理してモノを購入する時代ではない。少しでも割高感を感じれば、モノを買うよりも無料動画やスポーツなどお金のかからない娯楽に時間を費やす時代になった。
 
少子高齢化により社会保障費は年々増大し、働き手は減る一方である。より厳しい状況が予想される将来に備えた消費増税というのは分からないではないが、デメリットの方が大きいことは明らかである。かといって、有力な企業や実業家を国内に惹きつけるには、所得税や法人税を上げる訳にもいかない。
 
税制を弄れないのであれば、収入ではなく支出を抑えるほかない。有権者や野党からは反発も予想されるが、高齢者増加で負担が増す社会保障費を縮小させていくことが、日本を取り巻く状況や日本経済の性格からいくと、最適な選択肢と言えるのではないだろうか。