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【ストップ・ザ・左翼政局】    教育勅語の全否定は虚構、吠える無教養の野党   元文部科学大臣秘書官  鳥居徹夫

🔶戦後教育は、教育勅語のよき精神の継承の上にあった 
 
内閣改造で文部科学大臣に就任した柴山昌彦氏は、10月2日の記者会見で、教育勅語について「普遍性を持っている部分が見て取れるのではないか」「同胞を大切にするとか、国際的協調を重んじるといった基本的な記載内容について、現代的にアレンジして教えていこうと検討する動きがあると聞いており、検討に値する」と述べたという。
 
これに対し立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は「認識違いが甚だしい。昔だったらすぐクビで言語道断」と言及し、国民民主党の玉木雄一郎代表も「全体としての教育勅語は、さまざまな歴史的な負の遺産として認識されているのも事実」と述べた。さらに共産党の志位和夫委員長は、「非常に重大な発言だ。公式に否定された問題」と反発を示した。
 
ところが教育基本法が審議され成立した第92回帝国議会(昭和22年)で、高橋誠一郎文部大臣(当時)は次のような見解を示していた。
「教育基本法は、詔勅・勅令の形をとらず、法律でもって教育理念を示した」
「(教育勅語は)孔孟の教えとかモーゼの戒律とかいうものと同様なものとなって存在する」
 
 高橋誠一郎文部大臣は、教育基本法と教育勅語とは並立することを明らかにし、教育勅語の効力についても、政治的・法律的な位置づけを否定したものの、道徳律(孔孟の教え・モーゼの戒律と同様なもの)として、その精神を評価していた。
 
さらに高橋誠一郎文部大臣は、教育勅語について「日本国憲法の施行と同時に、これと抵触する部分につきましてはその効力を失い、また教育基本法の施行と同時にこれと抵触する部分につきましては、その効力を失いまするが、その他の部分につましては両立するもの」と答弁していた(貴族院教育基本法案特別委員会、昭和22年3月20日)。
 
 この事実を見ても、戦後の教育改革が「教育勅語体制から教育基本法体制へ」とする見方が、根本的に間違っていると断言できる。
 
つまり、次のように言える。
〇教育勅語の良き精神を継承したのが「教育基本法」。
〇教育勅語は、道徳律として孔孟の教えとかモーゼの戒律と同様なものとなって存在。
〇教育勅語は、政治的・法的強制力(拘束力)はない。
 
自称教育学者ばかりでなく野党国会議員は、教育基本法の立法精神や制定趣旨に無理解なのである。
ましてや教育基本法が審議され成立した第92回帝国議会の国会議事録に、目すらも通していないのではないか。
 
 政府も、昨年3月および4月に野党議員から出された質問主意書に対し、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」としながら「政府として教育の場における活用を促す考えはない」とする答弁書を閣議決定している。
 
🔶教育勅語の排除・失効決議は、文部省通達の追認であった
 
 教育基本法が公布・施行された1年3カ月後の昭和23年6月19日に、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」、衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」がなされている。
 
 教育勅語が全面否定されたかのような見方が、政治家やマスコミ、教育学者に蔓延している大きな要因が、この決議にあるのではないか。
 
 この衆参両院の決議の背景は、戦後間もない文部省通達(山崎匡輔文部次官が発した通牒)の追認を求めたものと理解した方が、教育基本法の制定経過と整合性がとれている。
 その通達とは、昭和21年10月8日の「勅語及び詔書等の取り扱いについて」であり、教育現場から教育勅語の排除を求めたもので、その内容は次の三項である。
 
一.教育勅語をもって我が国教育の唯一の淵源(根本原理―筆者注)となす従来の考え方を去って、これとともに教育の淵源を広く古今東西の倫理、哲学、宗教等にも求むる態度をとるべきこと。
一.式日等において従来教育勅語を捧読することを慣例としたが、今後はこれを読まないことにすること。
一.勅語及び詔書の謄本等は今後も引続き学校において保管すべきものであるが、その保管及び捧読にあたっては、これを神格化するような取扱いをしないこと。
 
 教育基本法制定の国会論議で、また教育勅語をめぐる認識において、この文部省通達の趣旨に立った理解は、すでに共通認識として法制定の趣旨になっていたと言える。
 
 つまり教育勅語が「日本国憲法・教育基本法の施行と同時に抵触するもの」として排除・失効されたのは概ね以下の4本である。
 (1)政治的・法律的な枠組みとする考え方。
 (2)我が国教育の唯一の淵源とする従来の考え方。
 (3)上から与えられたものとして神格化・絶対視すること。
 (4)国民を臣民とみる発想と考え方。  
 
 つまり教育勅語の排除・失効確認決議とした理由は、「(教育勅語などの諸詔勅が)今日もなお国民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、従来の行政上の措置が不十分であったがため」(衆議院決議)であり、「(教育勅語等が)従来の如き効力を今日もなお保有するかの疑いを懐く者あるを思んばかり、われらはとくにそれらが既に効力を失っている事実を明確にする」(参議院決議)ためであった。
 
 参議院決議の提案説明を行った参議院文教委員長の田中耕太郎は、「終戦後とられた通達その他の措置により、教育勅語がすでに廃止され(政治的に法律的に―筆者注)、歴史的な一つの文献に過ぎないものとなっている。しかし、この事実を未だ十分認識しない者があることを心配して、この際あらためて教育勅語等が効力を失っていることを明確にして…」と述べていたのである。