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【論説】森永卓郎氏の浅薄な保守傍流私感

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経済学者の森永卓郎氏(61)が、自民党総裁選に絡めて安倍晋三氏と石破茂氏の政治的立ち位置を、歴史的な保守傍流と保守本流の闘いとして分析している。
自民党総裁選と消費税(森永卓郎)
 
結論として、経済政策に関し本来は保守本流の主張だった金融緩和・財政出動が逆転し、石破氏が金融引き締め・財政引き締めの立場となっているとして、石破氏の政策では日本経済が失速してしまうと警鐘を鳴らしている。
 
結論は正しいが、問題だらけの論説である。本流と傍流の説明の中で、「保守本流は平和主義かつ平等主義、保守傍流は市場原理主義かつ主戦論だ。保守本流は人類全員が平等に幸せになるべきだと考える。だから、何としても戦争は避けようとする。自主憲法制定を党是とする自民党政権が続いたにもかかわらず、戦後憲法改正が行われなかったのは、20世紀のうちは、保守本流が主流派であり続けたからだ」とする主張までは、まあ消極的に理解できる。しかし、その先に首をひねりたくなる説明が続く。
 
「安倍総理の基本理念は、明らかに保守傍流だ。市場原理主義かつ主戦論なのだ。小泉純一郎元総理と同じ細田派の議員なのだから当然と言えば当然のことだ。一方、保守本流の理念が近いのが石破茂氏だ。平和主義かつ平等主義だ。国民の強い支持は、石破氏の方にあるのは、世論調査をみても明らかだ」と力説する。
 
国民の強い支持とは、一体どんな世論調査を見て述べているのだろうか。各種の世論調査で石破氏が圧倒的な支持を受けているものはない。明らかだとする根拠がまるで分からない。
 
それ以前に、「保守傍流が主戦論」というレッテル貼りにも辟易とさせられる。森永氏は明確に安倍政権を否定しているわけではないが、「保守本流こそが政治理念として絶対的に正しいが、経済政策がおかしくなった」と言いたいようだ。
 
ただ、残念ながら森永氏の考え方は『反安倍』を掲げる人の多くが抱いている偏見だろう。論考の終盤でとうとう本音が漏れる。「保守傍流の基本理念は、一言でいうと、『強い者が勝つ』だ」として、傍流の人々は米国に追随するために改憲し、戦力を米国に差し出すのだと言う。
 
歴史的経緯まではそれほど逸脱していなかった説明が、終盤の辺りで解説よりも感情がほとばしり、論拠すら示さずに陰謀論に傾いていく。森永氏の主張する保守本流の一部の人々や、リベラルと呼ばれる人々は、憲法第9条こそが戦後日本の平和を守ってきたという強い思い込みがあり、信念となっている。「改憲し、自衛隊を軍隊として認めよう」とする人々を、「戦争のために状況を変えようとしている」と決めつけ、宗教信者のように「戦争反対、憲法守れ」と念仏のように唱える。
 
『主戦論』という命名自体が偏見に満ちている。改憲に賛成する立場の人々は、「戦争をしないために、軍隊が必要である」とする考え方である。平和なこの国で、一体誰がどんな理由で戦争を肯定するのだろうか。現在の違憲状態では、憲法に対しても自衛隊に対しても、その重要性にも関わらず蔑ろにする状態が続いているのである。戦後日本をソ連や中国、北朝鮮の侵略から守ってきたのは、在日米軍であり自衛隊である。お花畑の世界でしか通用しない憲法9条の文言などではない。
 
本当に平和を守りたいと思うのであれば、戦争の歴史から学ばなければならない。非暴力不服従の言葉を繰り返して帝国主義が消滅しただろうか。核兵器廃絶を掲げ続けて、平和は保たれただろうか。
 
そうではない。戦争の惨禍によって人々は帝国主義を改め、核の脅威によって超大国同士の直接の戦争は避けてこられたのである。理想と現実は常に矛盾している。平和や平等を無邪気に唱える人々のお花畑な思考こそが、国益の奪い合いが前提となる外交において最も危険な思想である。
 
一方的な宥和姿勢は緊張関係にある利益相反国のパワーバランスを壊し、独裁国家を戦争に駆り立てる。ヒトラーの暴走を招いたのは、宥和政策を続けたネヴィル・チェンバレン英首相であり、ナチスの暴走を止め平和を取り戻したのは、対独強硬策を貫いたウィンストン・チャーチル英首相である。永世中立国のスイスには屈強な常備軍が存在し、ヨーロッパの中心で小国の領土を守り続けている。
 
歴史に学び、現実を直視してほしい。