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【論説】2歳児発見の男性、生き仏のような心の美しさ

その人の生き様を聞いて落涙したのは、人生で初めてかもしれない。山口県周防大島町で行方不明だった藤本理稀ちゃん(2)を入山から20分で発見した大分県日出町、尾畠春夫さん(78)の崇高なボランティア精神が話題になっている。
 
30年前から地元由布岳の登山道を自費で整備や清掃を続け、ボランティアに励んできたという。鮮魚店での仕事を65歳で引退後、「自分が住む日本をこの足で見たい」と徒歩で北海道まで日本縦断した。その際に宮城県南三陸町でおにぎりを御馳走になったという。
 
2011年3月11日、東日本大震災が発生し、知り合った南三陸の人と連絡が取れなかったため、安否確認のためにマイカーで現地入り。無事であることを知ると、その地でボランティア活動を開始し、延べ500日間も復興に向けた奉仕活動を続けたという。
 
「残りの人生を社会に恩返ししたい」と、ボランティア精神は益々盛んになり、2012年には地元大分県で地域環境の美化のボランティア活動で功労者表彰も受けた。2014年の広島土砂災害、昨年の東日本豪雨でも現地に赴き捜索活動の一員となった。
 
理稀ちゃんの家族からシャワーや食事を勧められると「いや、私はいいんです」と家に上がることもない。食事や寝床は事前に準備し、発見した時のためにロープや救急道具なども肌身離さず持ち歩く。奉仕活動の心構えは「現地のお世話になってはいけない。自己完結、自己責任」と言い、全て年金で移動費や道具を用意している。
 
生き仏という言葉が思い浮かぶ。ここまで純粋に“恩返し”をし続ける人を見たことがない。今回、尾畠さんがあっという間に理稀ちゃんを発見したのは、「尾畠さんのような人を世間に知らせる必要がある」という天の配剤ではないかとさえ思える。自らの行為を吹聴する人ではないから、こんな奇跡が起きない限り、脚光を浴びることは永久になかっただろう。
 
なぜ尾畠さんに感動するのか。それは、尾畠さんの行動を「素晴らしい」とは思っても、私(記者)を含む普通の人は決して実行できないからだと思う。人は多かれ少なかれ地位や名誉、カネや権力にしがみ付き生きている。
 
尾畠さんとは対極にいる日本ボクシング連盟会長を辞任した山根明氏(78)は、尾畠さんと同世代である。人生を振り返って社会に感謝する人と、社会的地位にしがみ付き周囲を押しのけて踏ん反り返る人と。同時代を生きてきて、これほど対照的な生き方になるものなのかと業の深さを思う。
 
発見したタイミングもまた奇跡的である。連日の酷暑で瞳が渇いていた。山根氏の報道で心が渇いていた。そんな瞳と心に、干天の慈雨をもたらしてくれた尾畠さんに感謝の言葉を贈りたい。
 
温かい心を示していただき、ありがとうございます。