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【論説】ガラス張りの自民党総裁選は人間ドラマそのものだ

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9月下旬に行われる自民党総裁選の報道が盛んだ。
「岸田派が安倍側に付いた」「竹下派は自主投票で」「石原派は安倍総裁支持を明言」……。
 
安倍総裁再選で大勢は決しているように見えるが、再選後の役職に期待したり、『次の次』を見越して存在感をアピールしたりと、各派閥の思惑は様々だ。
 
見方によっては魑魅魍魎が権謀術数を巡らせて蠢いているように見えるかもしれない。だが、こうした思惑が表に出ること自体が開かれた政治ともいえる。一党独裁国家であれば、権力闘争の内容が漏れることはまずない。漏えい者には粛清が待っているからだ。
 
民主主義国家であっても、トップが独裁体制を推し進めれば報道は偏りがちになるものだ。しかし、再選が有力視される安倍総裁の派閥への働き掛けが詳細に報道されることで、国民は自民党総裁、ひいては日本国首相が決まる過程を目の当たりにすることができる。
 
間接民主制にあっては、党員票や議員票を持たない一般の国民のためにこうした政権与党のリーダーが選ばれる過程を知る機会は、次の選挙のためにも非常に重要な情報であり、開かれた民主主義にとってなくてはならない。
 
総裁選を前にして、派閥政治にネガティブな報道も散見されるが、私たちは周辺の独裁国家やかつての派閥政治に比べ、はるかに生々しい人間ドラマをリアルタイムで知ることができる。無論、報道されない真実も多くあるだろう。いくら全体の奉仕者といえども、個々の思惑や言動までも公にする必要はないからだ。ただ、肯定的であれ否定的であれ、どんな報道内容も公権力によって圧殺されない自由は、世界的にはまだ限られた国でしか享受されていない。
 
同じ日本の政党でも、代表者を選ぶ過程が全く分からず、気付けば何年も執行部が変わっていなかったり、代表選自体が行われているのかどうか定かでない政党もある。
 
政権政党には常に厳しい眼差しが必要だが、私たちが当たり前のように享受しているこの国の開かれた政治や報道に対して、時には感謝し、それを守ることが自由や平和のために最も大切であることを再認識する必要がある。
 
総裁選の日程は、9月7日告示、20日投開票となる見込みで、8月21日の総裁選挙管理委員会で最終決定される。