2017年10月18日(水曜日)
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【告知】-語り継ぐべき日本人の姿- 舞台「帰って来た蛍~天空の誓い~」公演 

-語り継ぐべき日本人の姿-
舞台「帰って来た蛍~天空の誓い~」公演

  
公演日:10月17日~10月22日 
会 場:六本木 俳優座劇場
前売=5500円  当日=6000円(全席指定・税込)
[取扱]    SUI(スイ)03-5902-8020(平日11時~17時)
他、チケットぴあ、ローソンチケット(詳細は下記サイトにて)

Homepage     http://kart-entertainment.co.jp/works/hotaru2017
Facebook    https://www.facebook.com/KartHotaru
 
「 今こそ、耳を傾けてほしい! 
悠久の大義に生きた若者たちの声 」
 
「敷島の 大和心を人問はば 朝日ににほふ 山桜花」
 靖國神社遊就館の展示室「武人のこころ」に入場すると、この「日本人の純粋無垢な心情」を詠んだ本居宣長の和歌が、目に飛び込んでくる。
 昭和19年10月、レイテ沖海戦で編成された最初の特攻隊「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」の命名もまた、この歌による。
 特攻散華された多くの英霊が「靖國で会おう」と契り合い、その桜のもとで再会を果たされた。潔く、気高く、散っていった英霊は、まさに「桜花」そのものであり、今を生きる私たちに「大和心」の誠を遺してくれた。
 決して忘れてはならない「悠久の大義」に生きた若者たちの「死にざま」が、今を生きる私たちの「生きざま」と「責任」を問うているようにも感じる。
 いま、いわゆる民主的教育「命の教育」で大事に育まれた日本人は、他人の命どころか、自らの命すら粗末にする始末だ。
 かたや、いわゆる軍国主義?教育に鍛えられた日本人は、お年寄りを助け、子を愛おしみ、親に不幸を詫びて戦場に身を賭したわけだ。
 口先だけの感傷的な反戦平和や、悲惨さだけを誇張する「戦争の伝承」では、
失敗の本質は見えてこない。
 
「吾が頭 南海の島にさらさるも 我は微笑む 國につくせば」
 ああ、何というご覚悟だろう。義烈空挺隊隊長、奥山道郎大佐の辞世である。
享年26歳! 私はこの若者の倍の歳を重ねているが、恥ずかしながら、このような覚悟はない。親を大事に?妻を子を愛おしんでいるか? そう問われても、胸をはって「はい」とは答えられない。
 私にできることは、彼らの生きざまを、死にざまを、そして、未来の日本人に問いかけた「彼らの必死の想い」を語り継ぐことだ。
 英霊の御霊に感謝の誠を奉げ、ひとりでも多くの日本人に靖國神社を参拝して頂きたく、お手伝いすることだ。
 
「悠久の大義を語り継ぐ・・・」
さて、舞台「帰って来た蛍」は、今回で6度目の公演となる。
大東亜戦争末期の陸軍特攻基地、鹿児島「知覧」を舞台に、悠久の大義に生きた若き特攻隊員たちの最期を描いた作品だ。
 稽古が始まり、役に入っていく若い役者たちの所作動作からは、戦術や謀り事とは無縁な「至純の武士道」が伝わってくる。
 出演者はみな、靖國に参拝し、沖縄の海に献花し、知覧の空気を戴いて稽古に臨む。すでに、その顔には「大和心」が宿っている。
 
 「未来の日本人は僕たちのことを忘れないでいてくれるかなあ」
劇中の、熱い問いかけ、言葉がある。
彼らの尊い散華に対して、今を生きる日本人は、何と応えるのだろうか。
 決して忘れてはならない「悠久の大義」に生きた若者たちの、最期の優しさ、勇ましさ、潔さ・・その至純な日本人の姿が、まるで、その時代を一緒に生きているかのように、舞台と会場に交錯していく。 
初演からずっと脚本・演出を手がける、制作総指揮、柿崎ゆうじ氏の並々ならぬ本作への想いが、溢れんばかりにほとばしっているからだ。
 
世はまさに、混迷する政局の真っ最中、奇しくも、この舞台公演は、自らの欲にまみれた政治屋たちの「いくさ場」と並行して上演される。
再編選挙のたびに、「政策の一致が大事!」などと、真顔で言われてきた。
しかし、その実、最優先は、「保身」である。
憲法改正を「党是」にしてきた政党もあるが、党の信念、柱のような政策を数十年も放置してきて、「政策が大事!」などと言われても、心には響かない。
今、政治家に真に求められるのは、「政策」ではなく、国家のために汗する、「恥」と「覚悟」だ。
この舞台を見れば、きっとそれに目覚めてくれるのではないか。
いや、目覚めない人は、日本人ではない。
 

                        日本防犯防災協会
                        常務理事 白石 茂樹