
《昔は軍用地だった》
皆さんもご存知の通り、国会議事堂の住所は永田町一丁目になっていますが「永田町」の名前がつけられた由来はご存知でしょうか。
江戸時代この一帯は武家地だったそうで、馬場のあった道筋に永田性の旗本屋敷が並んでいました。そのため「永田馬場」と呼ばれるようになり、明治5年(1872年)になって正式に「永田町」とされました。明治期には軍用地として使われていましたが、昭和11年(1936年)国会議事堂が完成すると国政機能が集中、政治の中心地となったようです。
永田性からきていたのですね
恥ずかしい事に私は知りませんでした。
※ 写真は少し明るく撮りすぎてしまった気がします。
実際にはもう少し曇った感じでした。
2010年8月 2日 at 12:59
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