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    <title>連載小説 「覇道」</title>
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    <title>第一章　五　意外にも高校では皆勤賞</title>
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    <published>2009-02-20T07:55:19Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:08:13Z</updated>

    <summary>五　意外にも高校では皆勤賞 戦後の苦しい時代、でも俺は恵まれていた 高校はそのま...</summary>
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        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p style="text-indent: 0px;margin-top: 0px; margin-right: 0px; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; font: normal normal normal 9.5px/normal 'Times New Roman'; min-height: 10px; "><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>五　意外にも高校では皆勤賞</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>戦後の苦しい時代、でも俺は恵まれていた</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">高校はそのまま大森工業に進んだが、学校の教室に座っていた記憶があまりない。もちろん、学生服を着て学校に通ったことは間違いないのだが、それ以上に俺にはやりたいことが多すぎた。好きなことがたくさんありすぎたといってもいい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">高校に入学したのは一九五二（昭和二七）年のことだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">この年は、前年に結ばれたサンフランシスコ講和条約が発効し、事実上日本の主権が回復した。ＧＨＱが解散し、占領状態から解放された年だ。日本の歴史の中では大きな転換期にあたるが、そんな変化は俺たちにはあまり感じられなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">今でこそ、中学生のほとんどが高校に進学するが、俺たちが入学した一九五二年というのは、まだまだ戦後色が残っていた時代だから、中学校を卒業したら働くのが当たり前。高校に進学するということは裕福な家庭の象徴だと見られていたように思う。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">地元の公立中学校に通っていた同級生の中で、高校に入ったのは三分の一くらいだったと思う。まだ戦後の苦しい時代が続いている中で飯を食うのも大変だったから、どの家でも長男は中学を出ると就職して家計を助けていた。工場に働きに行ったり、大店の丁稚になったりしていたから、そいつらからみれば、高校生なんか遊び人としか思えなかったかもしれない。とにかくすぐに社会に出て働くというのが普通だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">その意味では、俺は恵まれていた。北川の父は大野化学機械のサラリーマンとして給料をもらっていたし、長男はすでに他界、すぐ上の兄貴は他家に養子に出たが、そこからも独立していた。息子は俺一人だから生活は比較的安定していたのだろうと思う。でも、私立高校に息子を通わせるというのは楽なことじゃない。それは俺にもわかっていた。両親は、俺が高校で真面目に勉強をして、大学に入ってサラリーマンにでもなって、という夢を思い描いていたのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ただ、俺は全部を親に頼りきっていたわけじゃない。高校に通いながら、大野化学機械の仕事も手伝っていた。つまり今でいう「アルバイト」だが、そこでもらった金は学費の足しにしていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">校舎も変わらず、同じところに通うのだから、気分は中学のときとあまり変わらなかった。新しい学校で、誰も知っている奴がいないのならば少しは緊張しただろうが、一年生にも知っている奴が多い。高校から新たに入学してくる者もいたから、新しい奴と知り合えるという点で楽しみではあった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ただ、大森学園から全員が希望通りに進学できたわけではない。大森工業高校に入るときに入学試験があって、成績によって振り分けられた。なかには進学できない奴もいる。それぞれ希望の学科の試験に臨んだが、当時同級生五〇人くらいの中から高校の電気科、機械科に進学できたのは二〇人くらいだった。希望してもなかなか思い通りにはならない。俺は機械いじりが好きだったから、最初から「高校では機械科」と決めていた。とくに勉強などはしなかったが、それでも第一志望の機械科に進むことができたのは幸運だったと思う。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>映画にエキストラとして出演</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 12.0px Times New Roman; min-height: 15.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学から高校にかけての頃は映画にも出ていた。「出ていた」といっても撮影所でもらえる弁当目当てに、学校を抜け出して遊びに行っていて、時々エキストラとして出演させてもらっただけなのだが<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。新東宝によく行っていた記憶がある。三船敏郎さんの『抱擁』（一九五三年・東宝）や、嵐寛寿郎さんの『むっつり右門捕物帖　鬼面屋敷』（一九五五年・東宝）に出演させてもらったりした。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺はこう見えても、意外と真面目な高校生だった。中学校のときと同じように、無遅刻、無欠席。皆勤賞なんてものももらっている。朝、先生が出欠を取るときには教室に座っていたし、一日の終わりにも必ず座っていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">これも性格らしい。休むというのが嫌いなのだ。自分が決めたことはきっちりやる、これが俺。だから、学校に入ると決めたときから、サボって遊びに行くというのが嫌だった。勉強しているかどうかは別にして、成績が優秀だったかどうかは別にして、出席日数が足りないなんてことはなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ただ、授業に出ているかどうかはちょっと答えにくい。その頃は写真に凝っていたから、いつも写真部の暗室にいた。写真部に入っていたわけではなかったが、兄の省吾に古いカメラをもらって使い方も教えてもらったら、これがおもしろかった。野球をやったり、卓球をしたり、大野化学機械で仕事をしたりと忙しい高校生活だったから、写真は授業の時間にやるしかない。でも、小さい頃に右目を怪我していたこともあり、カメラマンの道は泣く泣くあきらめた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">授業といえば、学校の校庭がでこぼこだったから、穴を掘ったりして、いつも実習と称して修理させられていたけど、授業も嫌いじゃなかった。自分で選んだ機械科だから。<span style="font: 14.0px Times New Roman"></span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; text-indent: 18.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p></p></p> ]]>
        
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    <title>第一章　四　中学でも「札付き」にされてしまった</title>
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    <published>2009-02-20T07:54:36Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:10:26Z</updated>

    <summary>四　中学でも「札付き」にされてしまった なんとこの俺が私立の中学に進学 中学は私...</summary>
    <author>
        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 13.0px Hiragino Mincho ProN"><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><span class="Apple-style-span" style="font-weight: bold;">四　中学でも「札付き」にされてしまった</span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>なんとこの俺が私立の中学に進学</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学は私立の大森学園に進んだ。なぜ、公立ではなくて私立に進んだのかはよく覚えていないが、おそらく、北川の父と、勤務先である大野化学機械の大野巌との間で何か話し合いがあったんじゃないかと思う。大森学園は当時、大森工業高校（現・大森学園高校）と一貫教育だったから、高校卒業後には大野化学機械に就職させる約束でもあったのかもしれない。俺には北川の両親に反発する気持ちなど毛頭ないから、言われるままに進学を決めた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">私立の中学に進学したのは、学校でも一人か二人だったと思う。小学校の教師たちは「北川は私立に行くのか」と一様に驚いていたが、俺にとっても私立に行くというのは考えてもみないことだった。仲間たちはほとんど公立の中学に進学したし、俺も当然、一緒に行くと思っていたから、父親から「大森学園に行け」と言われたときには、何が何やらわからなかった。最初、大森学園と聞いたときには、「ひょっとして悪ガキがぶち込まれる特殊な学校か」などとも疑ってしまった。もし、そんなところに行かされたら、たまったもんじゃない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「とうちゃん、それはどんなところだ？」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「中学校だよ、聞いたことないか？」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">と言われたので安心したものだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学に私立と公立があるということもそのときに知ったくらいだ。だから、俺も「金のかかる私立よりも公立で」という気持ちだったが、「あの悪ガキの北川が私立とは<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>」という、先生たちのびっくりした表情を見たとき、何か大きなイタズラをして大人たちの鼻を明かしたときのような不思議な快感があった。けっこう痛快で、それも私立に進学した理由だったのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">私立と聞いてどんなところか楽しみにしていたら、校舎は大野化学機械の工場と大して変わらない、あまりにボロい校舎なのでビックリした。どこかの工場に間借りしていたらしいが、木造で、壁が薄い板で仕切られていた。入学して友だちができ始めた頃、じゃれ合っていた拍子に手をついたら、簡単にその板が破れてしまった。そのときは学校の用務員のおじさんが穴をふさいでくれたが、板がそんなに簡単に破れることを知ったものだから、「猫にまたたび」のようなもので、板壁を殴ってはあちこちに穴をあけていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>中学生が大工の技術の腕を上げたって</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">穴あけはそのうちに学校でも問題になって、教頭先生から説教を食らって「自分で修理しなさい」ということになった。校舎が穴だらけになってすきま風が入ってきても寒いだけだから、少しは自重したが、「自分で直せばいい」という思いもあったから、前よりも安易な気持ちで、また穴をあける。月に一度は金づちと釘を手に穴をふさいでいたことを覚えている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">何回も大工仕事をしていると、不思議と上手になってくる。最初は単に穴をふさぐだけ。そのうちに少しでもきれいにふさごうという気持ちが働いてくる。さらに、穴の寸法を計り、板の大きさを合わせて釘を打ち込む。二年生も終わる頃になると、板の色は違っても、もとの状態と変わらないように修繕できるまで上達したものだ。教頭先生からは「お前は二年間で腕を上げたな」などと言われたが、中学二年生が大工仕事の腕を上げてどうする。そんなこと言われても、うれしくもなんともなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そういえば、中学に入ってスポーツというものにも出会った。スポーツといっても大きな校庭があるわけでもないし、体育館があるわけでもない。もっぱら教室でやるものだから、卓球が多かった。これにも熱中した。大野化学機械の寮では大人たちに混じってやっていたから、中学では一番強かった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>やっぱり、ここでも問題の生徒になってしまった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学二年生のときだと思うが、新校舎が完成した。新校舎というくらいだから、新築のきれいな校舎だと思ったら、借りていた校舎とあまり変わらなくてちょっとがっかりした。一階が高校、二階が中学という、今では考えられないような校舎だった。二階の俺たちの教室の床に節穴があいていて、そこから一階の高校生の教室がのぞけたものだから、俺は弁当を食っている高校生めがけてその穴からゴミを落としたりしていた。今から考えると、まったくくだらないことをしていたものだが、そのときは仲間と一緒に笑い転げていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺はもちろんだけど、クラスの友だちもみんなめちゃくちゃな奴が多かった。誰かが、「二階のベランダから飛び降りても怪我しないぞ」とか馬鹿なこと言っていると思っていたら、本当に飛び降りちゃった奴がいた。不思議なことに、そいつは怪我をしなかったが<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学と高校が同じ校舎だったから、当然、高校生と仲良くなることもある。とくにはみだし系の俺は、当然のことながら高校生に目をつけられたが、中学生の分際で自分から目立つようなことをするほどバカではない。高校生ともなると、下っ端はともかく、番を張るような奴はさすがに中学生に因縁をつけるようなことはなかった。それだけ子どもだと見られていたのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">中学にも不良と呼ばれる奴はいたが、俺はそいつらとつるむことはなかった。腹が据わっていないというか、弱い奴ばかりを相手にしているというか、なんか物足りなかったから。壁に穴をあけるような俺だから、喧嘩を売ってくる奴もいて、そのたびに返り討ちにしていたら、何となく俺の周りには人が集まるようになった。俺は集団で歩くようなことは嫌いだったが、<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>を聞きつけて他の中学の不良から目をつけられることもあった。待ち伏せされて大森海岸で大乱闘をしたこともある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そのうちにやっぱり中学でも「札付き」になってしまったようで、高校の先輩たちにも名を知られていたらしい。ただ、当時の不良というのは、今のように親の脛をかじって生活の不安のない中でグレるのとはわけが違う。日々の生活に追われている親たちが無理をして学校に通わせてくれていることを十分にわかっていたから、親にはいつも感謝していた。今のロクデナシとは、そこが違う。</p></p> ]]>
        
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    <title>第一章　三　勝負は勝たねばならない、これが俺の一生の教訓</title>
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    <published>2009-02-20T07:53:46Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:12:20Z</updated>

    <summary>三　勝負は勝たねばならない、これが俺の一生の教訓 なんとも意気地のない国になって...</summary>
    <author>
        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 13.0px Hiragino Mincho ProN"><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>三　勝負は勝たねばならない、これが俺の一生の教訓</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>なんとも意気地のない国になってしまった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">終戦後もしばらくは越生にいたが、半年くらいたって疎開先から都内に戻った。目黒に、もう家はなかった。当然、菅刈小学校の校舎もなかった。目にした光景は、俺の知っている目黒ではない。渋谷から歩いていく途中に民家はほとんどなかった。かろうじてコンクリートで造られた建物が残っているが、木造の家屋はほとんどが焼夷弾で焼かれてしまったのだろう。東京は一九四五（昭和二〇）年の三月と五月に大規模な空襲に見舞われたが、これほどとは思ってもみなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">大人になってから何かの本で読んだが、当時の東京大空襲を指揮していたアメリカ軍のカーチス・Ｅ・ルメイ少将は、無差別での攻撃、明らかに民間人を狙った空爆を批判した人たちに対して、回想録で次のように反論していたという。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家は全て軍需工場だった。ある家がボルトを作り、隣の家がナットを作り、向かいの家がワッシャを作っていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、全て我々を攻撃する武器の工場になっていたのだ。これをやっつけて何が悪いのか<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">まさしく、俺の家のことを言われているような気がした。ボルトやネジを作っていたし、それを軍に買い取ってもらって生活していたが、それにしても、それを軍需工場と同列に扱うとは何たる言い草か。自己弁護も甚だしい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">まったく一方的な論理で、腹が立ってしょうがなかった。その少将は、グアム島在米爆撃隊司令官として、広島・長崎への原子爆弾投下にも深くかかわっていたらしいが、一九六四（昭和三九）年、日本政府は「日本の航空自衛隊の育成に協力した」との理由から勲章を与えたという<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">日本が勝っていれば、間違いなく戦犯として裁かれていただろうに、戦争に負けるということは何もかもが逆転してしまう。どんな理不尽も正当化されてしまう。やはり勝負は勝たなければ駄目だということを痛感した。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>父は大野化学機械株式会社に就職した</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">それでも幸運だったのは、俺の両親が無事だったことだ。家はなくなってしまったが、家族が無事だったことだけでも俺にはツキがあった。熊や健ちゃんの家族も幸い皆無事だったが、他の友人は両親が空襲で亡くなったりしていたのだ。食べるものもなく、なんとか蓄えで暮らしていたが、周りの状況を見て、俺は両親ともども無事であったことに感謝した。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">終戦後、まもなくして、父は大森にあった大野化学機械株式会社に職を得た。親戚で、女優（俳優座一期生）の田村秋子さんの紹介だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">大野化学機械は、当時、化学工業界の大御所として知られていた大野巌が一九二三（大正一二）年に設立し、政府ともつながりがあった会社だ。大森という場所にあり戦火を逃れたという幸運もあったが、日本の化学工業を引っ張る優良企業だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">彼は一九四九～五三（昭和二四～二八）年の間、日本工学会の会長を務めた重鎮だった。もう一つ大野を有名にしたのが「能率手帳」。日本能率協会初代常務理事で、経営コンサルタントでもあった大野は、大野化学機械の社員手帳に、初めて時間の観念を持ち込んだ人でもあった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">現在では手帳に一年間の日付があり、そこにスケジュールを書き込むのはごく普通のことだが、終戦直後すでに毎日の予定と時間の使い方を社員に教育していたのだ。その手帳が「能率手帳」として会員企業に配られたというわけだ。今も書店や文具店には「能率手帳」が並んでいるが、その光景を見るたびに俺は大野巌を思い出してしまう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">毎日の食料にすら困る時代に父が企業に就職できたのは、戦時中から部品を納入していたこともあったし、職人としての腕が認められたということもあっただろう。大野化学機械には家族寮があって、当時としては珍しいマンションのような部屋を与えられていた。職も住むところもあって、よくいう「悲惨な戦後」とはあまり縁がなかったように思う。少なくとも、飢えに苦しむということはなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ここには両親と俺の三人で住んでいた。長男の静一は学徒動員で満州に行った。幸運にも戦死を免れて復員したが、戦地での傷がもとで一九四七（昭和二二）年に亡くなった。すぐ上の省吾兄貴は、俺たちが疎開する前に谷口という家に養子に出されていた。谷口の親父は、レコード会社テイチクの重役だったそうだ。省吾兄貴は頭が良かったから、大きくなって一時は新聞社の事件記者になった。その後は日本写真専門学校の先生になって、俺も写真の撮り方なんかを習ったものだ。後に目に怪我をする前までは、俺は本気でカメラマンを目指していた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">大野化学機械の寮は大田区の森ヶ崎、会社のすぐ隣にあった。このあたりは海苔問屋や海苔専門店だらけ。大森海岸は「海苔養殖発祥の地」で、一九六三（昭和三八）年に埋め立てが始まるまでは海苔の産地として全国的に有名な場所だった。俺は近所の「浅草海苔」という店から売り物にならないくず海苔をもらっては、おやつ代わりにしていたものだ。これがけっこううまかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そして、夏になると森ヶ崎海岸でよく泳いだ。海岸までは船で行かなければならなかったが、潮干狩りもできたし、絶好の子どもの遊び場だった。ただ、あまりきれいな海岸ではなかったように記憶している。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>ガキ大将にはガキ大将のプライドがある</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">寮の横には宮寺石綿理化工業株式会社（現・株式会社ミヤデラ断熱）の大森工場があり、その角に駄菓子屋があった。その駄菓子屋の入り口には当時近所では珍しかったテレビが置いてあって、野球やボクシング、歌謡番組などを、近所のみんなで黒山のようになって見ていた。よくテレビや映画で「街頭テレビ」の場面をやっているが、まったくそのとおり。俺は、美空ひばりが一一歳でデビューしたときの映像もそのテレビで見た。それは今でも鮮明に思い出せるくらい印象的だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">小学校四年生からは近くの大森第四国民学校（現・大森第四小学校）に通った。もちろん、ここでもガキ大将。学校で俺の言うことを聞かない奴はいなかった。相変わらずイタズラをしては教師に怒られ、近所のおっちゃんたちには追いかけ回されていた。でも、ガキ大将にはガキ大将のプライドみたいなものがあって、絶対に他の奴のせいにはしなかったし、弱い者いじめをしている奴がいたら自分からやっつけてやった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">だから、時には俺にやられた奴が兄貴を連れて仕返しにやってきたりもしたが、俺は絶対に後には引かなかった。相手が六年生だろうが、中学生だろうが、真正面からぶつかっていくのが俺のやり方だった。さすがに連戦連勝とはいかず、ときにはボコボコにされることもあったが、最後には悪くても引き分けといったところまではもっていったと思う。粘りというか、根性というか、とにかく自分から「参った」と言うことはなかった。だからガキ大将でいられたのだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">この時代の喧嘩は自由だった。殴り、殴られ、殴るときの拳の痛みも、殴られた相手の痛みも、自分の身をもって学習していた。だから、この時代の子どもたちは、いくら本気の喧嘩でも、ここで終わりという限度がわかっていた。「頭にきたから殺してしまった」「誰でもいいから傷つけたかった」といった理由で人を傷つけてしまう現代の若者をかわいそうに思う。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">暴力は確かにいけない。でも、時には思いっきり喧嘩することだって、相手を知るためには必要なことだと思う。会社単位でもそうじゃないかな。思っていることをぶつけ合って喧嘩した相手とは、仲直りしたあと前よりいい関係になることだってある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">同世代の人と子ども時代の話をすると、みんな必ず一つは武勇伝をもっている。おもしろい時代だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">この頃の遊びといえば、「けん玉」と「ベーゴマ」だ。遊びでも俺は無敵だった。仲間の中に、俺に勝てる奴はいなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「けん玉」は、けん先をナイフで削って尖らせて、みんなよりも入りやすくしていた。ただ、尖っていて危ないから、俺はそこに鉛筆にかぶせるサックをはめていた。「ベーゴマ」も同じように、回る支点となるところを尖らせていた。これだと摩擦が少ないので、回転がよくなって普通のベーゴマよりも長く回る。実は大野化学機械のおっちゃんに頼んで、グラインダーで削ってもらっていた。遊び一つでも工夫したものだ。だって、負けると悔しいからね。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>二〇〇〇円を掏られたときの教訓が生きている</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">その頃、大森の近くの糀谷に米軍基地があり、よく遊びに出かけた。フェンスの向こう側には大きなシェパードがたくさんいて、それをのぞき見ていたあるとき、一匹の凶暴そうな犬が眼の前まで駆け寄ってきて、<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>をむき出して吠え立てた。咄嗟に大声をあげて騒いでいると、一人の日系二世のアメリカ人が近づいてきて流暢な日本語で優しくこう言った。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「ボク、逃げちゃ駄目だよ。動物はね、逃げると追うんだ。人生も同じだよ。絶対に逃げないことだ」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そのときはあまり意味がわからなかったのだが、この言葉だけはずっと心の中に残り、成人してからも、この日系二世に言われたことを教訓にしていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">もう一つ、今でも印象に残っている言葉がある。小学校六年生の頃、友だちと二人で上野まで映画を観に行ったとき、映画館の中で、ズボンの後ろポケットに入れておいた大枚二〇〇〇円を何者かに掏られてしまった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「大事な物をポケットなんかに入れておいた君もいけないよ。大事な物をちゃんとしまっておくこと。お金も物も大事にしなさい。それと、この二〇〇〇円をとられた悔しさを大人になっても忘れちゃだめだよ。将来はもっと大きなものを摑むんだ」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">半泣きで立ち尽くしていると、おまわりさんが、俺にこう言った。慰めなのか、説教なのか、子どもの俺にとってはその状況で言われてもうれしくなかったと思うが、その言葉も今の俺の教訓になっている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">小学校の頃に聞いた言葉が、こんなにも残っているものなのだ。</p></p> ]]>
        
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    <title>第一章　二　敗戦、すべてのことが変わってしまった</title>
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    <published>2009-02-20T07:52:24Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:16:06Z</updated>

    <summary>二　敗戦、すべてのことが変わってしまった 楽しかった西郷山の思い出 俺が小学校に...</summary>
    <author>
        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
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        <![CDATA[<p style="text-indent: 0px;margin-top: 0px; margin-right: 0px; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; font: normal normal normal 9.5px/normal 'Hiragino Mincho ProN'; "><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>二　敗戦、すべてのことが変わってしまった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>楽しかった西郷山の思い出</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺が小学校に入学したのは一九四二（昭和一七）年だ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">前年の一二月八日、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃したことを機に太平洋戦争が始まった。家にあったラジオからはアメリカの軍艦を沈めたとか、マニラやシンガポールを占領したとか、思わずこちらが興奮するようなニュースばかりが流れていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「喧嘩は勝たなきゃ意味がない」と心に決めていた俺にとって、日本がでっかいアメリカ相手に戦って、勝ち進んでいることは痛快だった。ここからどんどん日本は破滅に向かっていこうとする時期だったが、まだ小さい俺にとってはそんなことはおかまいなし。兵隊は憧れであり、喧嘩の強い男というイメージだった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">その頃通っていたのは菅刈小学校、正確には「東京市菅刈国民学校」といった。兄の省吾が六年生のときだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">近くには西郷家の大きなお屋敷があった。もともとは西郷隆盛の弟、従道の屋敷で、今ではその跡地の一部が「西郷山公園」になっている。代官山と中目黒の中間あたりだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">この西郷家のお屋敷というのがとてつもなくでかかった。当時は洒落た洋館が建っていて、西郷さんというのはとんでもない大金持ちなんだなと思っていた。大きな敷地内には小高い山や池、今では信じられないことだが、自然の湧き水なんかがあって、それが滝として流れていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">家の敷地内に野山があるのだから、子どもにとっては恰好の遊び場だ。ただ公園で遊ぶのとはわけが違う。そこに忍んでいくわけで、「遊び」に「いつ見つかるか」というスリルがくっついているのだから、これほどおもしろい場所はない。ほかの子どもたちは入り込む度胸なんてないから、まさしく俺たちだけの遊び場だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺は幼稚園の頃から、牛乳屋の熊や薬屋の健ちゃんを連れ出しては、西郷家の敷地内に忍び込んで遊んでいた。木登り、鬼ごっこは当たり前。釣竿なんて持っていないから、竹に鉤状にした針金を結び付けて、鯉を直接引っ掛けて捕まえてはまた逃がす、というような遊びをしていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">当然、家人に見つかればどやされるが、見つかっても捕まるようなヘマはしなかった。熊の野郎は「豊ちゃん、大丈夫かな～」なんてビビッていたけど、俺は「へっちゃらだよ」と胸を張っていた。必ず、三人で逃げ切っていた。でも敵もさるもの、いつまでも逃げ切れるわけもない。あるとき、待ち伏せをされて捕まってしまった。西郷さんのところの使用人にこっぴどく怒られて、庭の草むしりを手伝わされた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">それからは必ずその使用人のおっさんに声をかけてから遊ぶようにした。悪さをすれば怒られたが、多少のことは大目に見てくれた。こういう大人には、子どもは従うものだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">でも、小学校二年生のとき、当時の国鉄（現・ＪＲ）に売却されたとかで、池が埋め立てられてしまった。子どもながらに「なんてことをするんだ」と思ったが、その怒りのやり場がなくて困ったことを覚えている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>六年生の兄の代わりに襲われた</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">かわいがってくれたおっさんもいなくなってしまった。西郷家のお屋敷にはそれからはあまり行かなくなった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">当時、そのお屋敷の反対側には軍隊の練兵場があって、そこでもよく遊んでいた。夕方になると、練兵場の原っぱにはコウモリがたくさん出てきて、竹竿で叩き落としたり、下駄を投げたりと、今にして思えばコウモリにはかわいそうなことをしていた。まあ、当時は遊び盛りの悪ガキ。許してもらいたい。初めて叩き落としたコウモリの顔がネズミそっくりだったので驚いた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ある日、この練兵場に日本の戦闘機が燃えながら落ちてきた。空中で燃えているのを見付けて追っかけていったら、練兵場だった。見に行くと、落ちた戦闘機の周りは土が盛り上がっていて、黒い煙がモクモクと出ていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そういえば、小学校一年生のときに、その原っぱで六年生に囲まれたことがあった。おそらく彼らは、俺を省吾の弟だと知って意趣返しをしようと思ったのだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">省吾兄貴はおとなしい性格で、けっして自分から喧嘩を売っていくようなタイプではなかった。でも曲がったことが大嫌いで、理不尽なことに対しては立ち向かっていくような人だったから、恨みを買うこともあったのだろう。静一兄貴が中学に入ってからは、俺のことも守ってくれていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺のところにやってきた六年生はおそらく、省吾兄貴をよく思っていなかった奴らだろう。俺たちが遊んでいると、「おい、お前、北川の弟だろ」と言って近づいてきた。正直言って怖かった。相手は体もでかいし、人数も多い。一緒にいた熊や健ちゃんは頼りにならない。俺が「うん」と答えると同時に突き飛ばしてきた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺は体が小さかったから、すぐに尻<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>をついてしまった。こっちが正直に答えているのだから、自分だって名乗れとは言わないが、どうして突き飛ばすのか、くらいは説明してくれてもいいはずだ。なのに相手はただニヤニヤしているだけ。俺はこういう奴がいちばん嫌いだった。こっちが筋を通しているのに、自分の力を誇示するだけ誇示してこっちを認めようとしない。筋を通そうともしない。真正面から向き合わないで力でねじ伏せようとする奴をみると、無性に腹が立ってくる。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺は突き飛ばした奴の腹をめがけて突進していった。見事、ボディに命中。相手がうずくまっているところを今度は尻を蹴飛ばしてやった。必死の形相だったのだろう。熊も健ちゃんも呆然と立ちすくんでいた。それからあとのことはあまり覚えていない。周りの六年生に取り押さえられてボコボコにされたところまでは覚えているが、あとは夢中。気がついたら、傷だらけで家の前に立っていた。喧嘩の勝敗がどこで決まるかは知らないが、俺は決して泣かなかった。六年生のうち、二人は泣いていた。まずは俺の勝ちというところだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>町も学校も燃えてしまった辛い記憶</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">当時一番印象に残っているのが木炭車。近くに「菅刈小学校前」というバス停があって、渋谷行きのバスが走っていた。今の自動車と違って、当時は車のトランクの部分に汽車のように薪を燃やして走るんだ。俺たちはノロノロ走っている木炭車の後ろに飛び乗ったりして、二、三人で遊んでいた。小学校一年生くらいの頃だ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">同じく小学校低学年の頃、俺の家の近く、中目黒と大橋の間の大道路に車のバッテリー屋さんがあった。そこに山羊がいて、こいつをからかうのにもハマっていた。俺が山羊の頭を押すと、押し返してくるから、おもしろかった。冬のある日、山羊の近くで店の主人が焚き火をしていて、俺もあたっていたら、山羊の奴、ふだん俺を押しているからその気になったのか、こんな場所でも俺を押してきた。当時は下駄に足袋だったから、焚き火のほうに押された拍子に足袋に火がついて火傷をしてしまった。まあ、山羊に悪気はなかったのだからしょうがない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">学校でもじっとしている子どもじゃなかった。戦前の学校だったから、今の小学校に比べたら先生はおっかなかったし、教練のときなんかはよくぶん殴られた。担任は女の先生だったが、この先生が泣き虫。俺は遅刻はするわ、言うことは聞かないわ、というまったくの問題児で、先生も最初はヒステリックに怒っていたが、俺が知らん顔をするとすぐに泣き出して、こっちが困ってしまうこともあった。でも、それがおもしろくて、先生がトイレに入ったときなどに下駄を投げ入れたり<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。そんなことを続けていたら、秋口にその先生は学校を辞めてしまった。ちょっと寂しい気がした。申し訳なかったと思う。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そんな風だったから、小学校でもヤンチャで有名になって、近所では悪ガキ、学校では「札付き」のレッテルを貼られていたようだ。でも大人たちが真剣になって怒るから、俺も真剣に悪さをしていたようなものだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺の目黒での生活は小学校三年生で途切れる。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">戦争が激しくなり、いよいよ本土決戦かという情勢になっていたのだろう。俺の住んでいた目黒は木造の家が密集していたため、空襲を受けた際に火がすべての家に燃え移らないよう、隣接している家は片方を壊して空き地にしていた。その解体現場に遊びに行った俺は、右目に木クズがたくさん入ってしまい、目を悪くしてしまった。こういう作業は、今の若者には想像がつかないだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">都内の小学校では「学童疎開」のため地方に避難を始めていた。生徒や教師などの多くは福島県に疎開したと後になって知ったが、俺と家族は、なぜか埼玉県の越生に疎開することになった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">埼玉に疎開するために、荷物を渋谷駅に運んでおいたのだが、五月二五日の深夜、目黒、渋谷一帯が空襲を受け、一面焼け野原になった。渋谷駅に置いてあった荷物もすべて燃えてしまった。みんなで代官山に逃げたとき、俺はその頂上から渋谷の街全体がメラメラと燃えているのを見た。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">菅刈小学校も燃えている。子ども心ながらに、自分の学校が燃えているのを見ていて、ただただやるせなかった。今でもその光景はハッキリと思い出せる。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>兵隊たちを見ていて負けるような予感もあった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">疎開先の越生ではお寺で生活していたが、毎日、兵隊がやってきて裏山の木を切っていたのを覚えている。戦争をしているのに、戦場に行かないのか、行けないのか、こんなところで木を切っているのが本当に戦争をしていることになるのか、兵隊を見ていてそんなことを考えてしまった。兵隊にも、戦う以外にいろいろな仕事があるということが理解できなかったのだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">その寺の境内で、六〇人ほどの兵隊がドラム缶にお湯を沸かして風呂に入っていて、俺たちも時々入らせてもらった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">学校の通学路の脇には蛇がたくさんいた。俺は蛇が大嫌いだ。蛇がいると、回り道をしていた。ドブ川には小さいカニがいっぱいいたのも覚えている。周りの家は蚕を飼っていて、桑畑が広がっていた。そんな、自然がいっぱいの場所だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">八月の、やけに暑い日のことだった。俺たちは寺の境内に集められた。近所から村の人たちもやってくる。来るのは年寄りと女と子どもたちだけ。本堂には教師や村の大人たちが入り、子どもたちは境内の地面に座らされた。大人たちはどこか不安げな表情を浮かべている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「何があったのだろう」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺はこっそりとみんなが座っている列を離れた。こうしたすばしっこさは、誰にも負けない。柱の陰に隠れて本堂の様子を窺うと、大人たちがラジオに聴き入って、うなだれているのが見えた。流行歌を聴いているのでないことは、子どもの俺にもわかった。実際にどんな放送を聴いていたのか、そのときはわからなかったが、ずっと後になってあれが玉音放送だったのだと知った。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">翌日、先生はみんなを集めて、「日本は戦争に負けた」と泣きながら話してくれたが、俺には信じられなかった。これまで日本は神の国だから負けるはずがない、連戦連勝と言っていたではないか。今考えてみれば、六〇人もの兵隊が戦場にも行かず、こんな山の中で木を切っていたのだから、戦争に勝てるはずもなかったのかもしれない。とにかく、越生で俺は終戦を迎えた。</p></p> ]]>
        
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    <title>第一章　一　嵐の前の静けさ、俺の「少年時代」</title>
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    <published>2009-02-20T07:47:39Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:18:24Z</updated>

    <summary> 第一章　嵐の前の静けさ、俺の「少年時代」 一　戦争突入前夜、そんな時代に生まれ...</summary>
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        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
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        <![CDATA[<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>第一章　嵐の前の静けさ、俺の「少年時代」</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">一　戦争突入前夜、そんな時代に生まれた</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>あの二・二六事件が俺の産湯だった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">一九三六（昭和一一）年一月一〇日、東京都目黒区の上目黒で俺は生まれたらしい。「らしい」というのもおかしな話だが、それは後で話すとして、とにかく俺は今の中目黒あたりでボルト工場を営んでいた北川栄・いし夫婦の三男として育てられた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">一九三六年という年は、日本が戦争にまっしぐらに突き進んでいく、その入り口みたいな年である。平和なのか、そうでないのか、よくわからない時代だが、これから暗い闇の中に突入しようとするそのプロローグ、助走期間といった時期だったのだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">二月には、国を憂えた若い将校たちが立ち上がった「二・二六事件」があったし、「日本国」「大日本国」などまちまちだった国名を「大日本帝国」に統一したのもこの年だと聞いた。永田町に帝国議会議事堂（現在の国会議事堂）もできた。一一月には日独防共協定も締結されている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">ナチス・ドイツではベルリン・オリンピックが開かれ、日本では初のプロ野球リーグ、日本職業野球連盟ができた年でもあった。資料を見ると、東京巨人軍優勝の文字が躍り、大阪タイガースの藤村富美男がホームラン王を取ったとある。ピッチャーでは沢村栄治が最多勝を獲得。沢村は出征して帰らぬ人となった伝説の大投手だ。物心ついて野球にのめり込むようになったとき、まだ「職業野球」で活躍していた名選手たちの名前がそこにはあった。彼らの名前を見ると、当時のプレーを思い出し、いくつになってもドキドキしてしまう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「阿部定事件」というのも俺の生まれた年だ。不倫の末の悲しい末路だが、男の局部を切り取ってしまったという事件で、後々まで語り継がれている。今では一般的になった局部を意味する「下腹部」という言葉も、このとき生まれたそうだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">実は、俺はこの定さんに会ったことがある。ずっと後のことになるが、俺が浅草の近くにある三ノ輪の駅裏でスナックをやっていた頃のことだ。知り合いに住吉会系の親分がいて、その奥さんが定さんを店に連れてきた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">透き通るような肌をした人だった。ただ、辛い生き方をしてきたのだろう、ずっと下を向いていて、俺は「幽霊のような人だな」と思った記憶がある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">定さんは一九四一（昭和一六）年、恩赦により減刑されて出所した後、その親分の所に身を寄せていて、奥さんが面倒を見ていたと聞いた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">こんな事件の年に生まれたというのも「俺らしいか<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>」などとも思ってしまう。太平洋戦争前の静かな時期、嵐の前の静けさといったところだったのだろう。束の間の平和を人々が楽しんでいた時期でもあった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">太平洋戦争が始まってしまえば、日本国中が戦争に向かってまっしぐら。終戦直後であれば、貧困にあえぐ生活を強いられただろう。だから、その狭間の、経済的にも精神的にも、どこか人々にゆとりがある時期に生まれたことは、今から考えると幸運だったのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><b></b><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>養子だったが幸せな家庭に育った</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">じつを言うと、俺は両親の本当の子どもではない。「らしい」と言ったのはそれが理由だ。それはずっと後、そうだな、大学に入学するときになって母親のいしから聞いた。生きていること自体が苦しい時代に子どもを預けられたら、北川の両親だってこれほど俺に愛情を注いではくれなかったかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺の本当の父親は石塚<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>三郎、母親は土屋花子といった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">石塚は北川家の親戚で、大井の三ツ又で石塚書店という本屋を経営していたという。当時としては大きい本屋で、付近の学校の教科書も取り扱っていたので、近所では有名だった。人々が活字に飢えている時代、本は飛ぶように売れたのだろう。当時はなかなか羽振りがよかったらしい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そこで女中として働いていたのが花子だった。主人が女中に「手を出す」というのは、当時は珍しい話ではないが、当然のことながら石塚には女房も子どももいたから、身籠った花子をそのまま家に置いておくわけにはいかない。大金持ちなら愛人を囲い、別宅に通うということもあるだろうが、<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>三郎はそこまで裕福ではなかった。困った<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>三郎は、身籠った花子を説き伏せ、生まれたばかりの俺を北川家に預けた。それも生まれてすぐ、名前も付けないうちにというからひどい話だ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">石塚家は一九四八（昭和二三）年に設立された小田急電鉄株式会社の役員の一人、石塚享が出た家系で、「享は俺のいとこにあたる」と、北川の父が話してくれた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">北川の両親は、本当に俺をかわいがってくれた。すでに長男の静一、次男の省吾という二人の息子たちがいた。俺が預けられたとき静一が七歳、省吾が五歳だったというから、決して生活は楽ではなかったはずだが、そんななかでも実の子と同じように育ててくれた。両親にとっては久々の子どもだったこともあってか、俺は何一つ不自由を感じたことはなかった。当時としては珍しく幼稚園にも通わせてくれた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">当時は公立の幼稚園などない。私立の双葉幼稚園。両親の思いなどまったく知らない俺は、よくいたずらをして幼稚園から帰された。喧嘩をしては周りの子どもたちを泣かせていたらしい。そのたびに母親にはどやしつけられるのだが、とにかく二人の兄と同じように、分け隔てなく接してくれたし、教育も受けさせてくれた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">両親が忙しかったせいもあり、長男の静一、次男の省吾もずいぶん俺の面倒を見てくれた。次男の省吾とは五つ違い、長男とは八つ違いだったから、二人にとっては喧嘩の相手にもならない。幼稚園に通っていた頃、三人で目黒川に魚とりに出かけて俺が川に落ちたことがあった。静一が必死になって俺を救い出してくれたことを覚えている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺が喧嘩をして帰ってくると、「勝ったか？」と静一と省吾が並んで聞いてくる。俺が「うん」と答えると、二人の兄が褒めてくれた。二人とも今はもう天国に行ってしまったが、そのときの二人のうれしそうな顔は今でも忘れられない。俺のヤンチャは二人の兄貴のうれしそうな顔から生まれたのかもしれない。後に、静一が出征し、省吾が養子に出たこともあって、両親は俺の成長を楽しみにしていたと思う。その期待に応えることはおそらくできなかっただろうが、とにかく北川の両親に対してはいまだに感謝している。</p></p> ]]>
        
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    <title>【覇道　昭和を駆け抜けた男　陣 汰朗】プロローグ</title>
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    <published>2008-12-18T03:18:30Z</published>
    <updated>2009-02-20T08:53:34Z</updated>

    <summary>覇道　昭和を駆け抜けた男　　陣　汰朗 目　次 プロローグ　俺の浅草・俺の三社祭 ...</summary>
    <author>
        <name>ブログ記者Ｄ</name>
        
    </author>
    
        <category term="連載小説" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p style="text-indent: 0px;margin-top: 0px; margin-right: 0px; margin-bottom: 0px; margin-left: 0px; font: normal normal normal 9.5px/normal 'Times New Roman'; min-height: 10px; "><p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.5px Hiragino Mincho ProN"><span style="font: 35.5px Hiragino Mincho ProN">覇道</span>　昭和を駆け抜けた男<span style="font: 25.5px Hiragino Mincho ProN">　　陣</span><span style="font: 13.0px Hiragino Mincho ProN">　</span><span style="font: 25.5px Hiragino Mincho ProN">汰朗</span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">目　次</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">プロローグ　俺の浅草・俺の三社祭</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">第一章　嵐の前の静けさ、俺の「少年時代」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">一　戦争突入前夜、そんな時代に生まれた</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">二　敗戦、すべてのことが変わってしまった</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三　勝負は勝たねばならない、これが俺の一生の教訓</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">四　中学でも「札付き」にされてしまった</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">五　意外にも高校では皆勤賞</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">第二章　愚連隊エレジー</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">一　高校時代に出会ったスポーツ</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">二　愚連隊、結成<span style="font: 14.0px Times New Roman">.</span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三　蒲田東西戦争</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">四　大学受験と生みの親の存在</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">五　バイクとの出会い、そして初恋</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">六　蒲田の街を守るのは俺たち愚連隊</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN">第三章　隅田川慕情</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">一　引っ越した先は浅草・吉原</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">二　義人党での生活</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三　三田明のマネージャー時代</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">四　再び水商売の世界へ</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">五　〝親父〟と呼べる人との出会い</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">六　浅草、吉原、俺の街</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">七　さらば浅草</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><span style="font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">エピローグ</span><span style="font: 10.5px Times New Roman"></span>プロローグ　俺の浅草・俺の三社祭</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><b></b><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>三社祭だけは変わっちゃいけない</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><b></b><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">神輿が進んでいく。浅草神社の神輿だ。浅草神社の別名は三社権現。観音さまで有名な浅草寺と江戸時代までは一緒だったそうだ。明治の「神仏分離」とかで、むりやり別居させられたらしい。その浅草神社のお祭りが「三社祭」である。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「セイヤ！　セイヤ！　セイヤ！　セイヤ<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三社祭の担ぎ手たちはいつも威勢がいい。声が幾重にも重なり合って響いてくる感じはいいものだ。若い衆も、年寄りも一緒になって神輿を楽しむ。荒々しい息づかいが、こちらにも伝わってくるようだ。汗が飛び散っているのもいい。神輿は一定のリズムで上下に動いているように見える。まるで波間に漂っているように、たくさんの細かい動きが一つの大きなうねりとなっているようだ。少しずつ、少しずつ、前へ、前へと進んでいく。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">神輿の担ぎ棒の上に立っているのは褌一丁の三人の男たちだ。三人が三人とも全身に刺青を入れている。「神様の魂」に乗っかるというのは罰当たりのような気もするが、奴らだって背中に観音様を背負っている。神様もきっと目こぼししてくれるに違いない。担ぎ手を鼓舞し、指示をする男たち。白半纏も黒半纏も、一緒になって浅草寺の境内を目指す。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「これだよ、これ。これが三社祭だよ」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三社祭は昔と比べると大きく変わった。観光化され、担ぎ手も余所者がたくさん入り込んでいるらしい。でも今日みたいに祭りのただ中にいると、そんなことはあまり感じられない。根っこのところは変わっていないからだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三社祭だけは昔と変わらない。いや、変わってはいるのだろうけど、俺に昔の浅草を思い出させてくれる。いろんな事情があるのはわかるが、浅草らしさをなくしちゃいけないよ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN"><span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>そうだ、俺は確かに、ここにいたのだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Times New Roman; min-height: 21.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>ここで、いろんな出会いと別れがあった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">今では生きる街を別の場所に見つけた。でも、かつて俺は確かにここで暮らしていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">いろんな人と出会い、そして別れた。死に別れもあった。いいことばかりがあったわけではない。辛いことのほうが多かったような気もする。けれども、この浅草が俺を育ててくれた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">今は、ここに俺を知る奴はいない。俺が知っている奴らもいない。浅草に居場所がないのはわかっている。でも、背中に紋々を背負った男たちの荒々しさが、俺の中に浅草を蘇らせてくれる。だから、いてもたってもいられない。祭りになると、この場所に来てしまう。いや、戻ってきてしまうのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">懐かしさとは違う。そんな神妙な気持ちがあれば、もっと違う人生を歩いてきたはずだ。でも俺は、この街で生きていた。青春なんていう甘っちょろいものじゃない。命のギリギリのところで必死になって生きてきた。そのころは気づかなかったけれど、今から振り返れば本当に夢中だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺は一度も神輿を担いだことはない。半纏だって着たことはない。いつも少しばかりの心付けを渡すだけだった。しかし三社祭の男たちを見ていると、あの頃の感覚が戻ってくるような錯覚にとらわれる。不思議な気分だ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">あの頃と比べれば、今はまったく平穏なものだ。喧嘩もなければ、脅し合いもない。そのほうが幸せなのかと聞かれても、それは俺にはわからない。がむしゃらだったあの時代がなつかしいのだろう、きっと。三社祭に出かけるのは、あのときの自分を確かめたいからなのかもしれない。俺もちょっと歳をとってしまった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>「おとうさん」なんて呼ばれるのも、まあいいか</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「雷門には行かないの？」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">祭りの匂いを楽しんでいた俺に業を煮やしたのか、明花が話しかけてきた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">明花は雷門のほうを目指して歩いていくと思ったようだが、祭りのときに雷門に行くなんて、冗談じゃない。仲見世なんかは思いっきり込んでいるはずだ。身動きもとれないだろう。人に押されて、気がついたらはぐれていた、なんてことは当たり前。無事に境内までたどり着けるかどうかだって怪しいものだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「三社祭のときにあんなところへ行ったら、人に押しつぶされちゃうよ」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">と言ったけど、明花はまだ不満そうだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そういえば、明花を三社祭に連れてきたのは初めてだった。間抜けな話だが、やっとそのことに気がついた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">明花は、俺が経営している芸能プロダクションの社長だ。まだ二〇代だが、タレントや俳優の卵といった若い者の扱いがうまい。持って生まれた人柄もあるのだろうが、腐らせず、やる気にさせる能力は、俺なんかをはるかに超えているだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「こいつは芸能界の仕事にけっこう向いているな」と俺は思っている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">映画のプロデューサーや大物俳優にも受けがいい。これまで何人もの人間を社長にしては替えてきたが、明花を社長にして二年あまり。仕事も人間関係も、今のところ、すべてが順調にいっている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">仕事に関しては、明花が段取りをすべて終わらせ、俺が余裕で登場して最後をまとめるというのが最近のスタイルだ。この歳になって、やっとイライラして怒鳴ることもなくなった。何よりも精神衛生上、とてもよろしい。かっとなればストレスも溜まるし、心臓にだって、血圧にだってよくない。ぽっくり逝くのだけは御免こうむりたいが、明花がいればそんなこともないだろうと思っている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺のことも「おとうさん」と呼んで慕ってくれる。孫ほどの歳の女に「おとうさん」と呼ばれるのはちょっと照れくさい気もしないではないが、「あなた」と呼ばれる関係でもないからしょうがない。「おじいちゃん」なんて呼んだら即、クビにするところだが、明花はそこのあたりもちゃんとわきまえている。子どものいない俺にとって「おとうさん」と呼ばれるのも、最近では「悪くはないな」などと感じている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「おい、こっちだよ、こっち」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">と、明花を手招きした。怪訝な顔をしているが、あきらめもついたのか、俺のところまで歩い</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">てきた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>三社祭の老舗中の老舗</b><span style="font: 18.0px Times New Roman"><b>......</b></span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">国際通りにある浅草ビューホテルの前が「西浅三北」神輿の集合場所だ。毎年、俺が目指してくるのはこの西浅三北町会だ。知り合いがいるわけでもない。誰かに挨拶をするためでもない。ただ遠くから見るだけなのだが、他の町会にはない、俺にとっての懐かしさが、この西浅三北にはある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「わぁ、すごい人」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">と明花が驚くのも無理はない。この町会は総勢一五〇〇人を超える氏子が祭りに参加する、浅草でも一大勢力だ。その周りを、さらに多くの見物客が幾重にも取り囲んでいる。三社祭でもとりわけ見物客を集める町会だった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">それには訳がある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">西浅三北の神輿は別名「褌神輿」ともいわれる。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「観音を背負う江戸っ子三社祭」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">どこで見たのか、誰が詠んだのかは覚えていないが、刺青も誇らしげに褌一つで神輿を鼓舞していく姿は、三社祭の原点ともいえるのではないかと思っている。ときには自ら神輿に乗って盛り上げる。これを「褌神輿」と形容したわけだ。その勇壮で、硬派な男たちの姿が観光客をひきつける。ヤクザとわかってはいても、たくさんの人がそばに寄って見物したがる。祭りでしかありえないような光景だ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">彼らは言わずと知れた地元のヤクザたち。浅草では「丸金」で通る高橋組の連中だ。正しくは浅草高橋組というが、丸に金を染め抜いた祭り半纏を着ているからすぐにわかる。昭和二〇年代から祭りに参加していたという話で、俺が浅草にやってきたずいぶん前から地元の祭りを引っ張っていたらしい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">今でこそヤクザなどと嫌われ者の代名詞のようにいわれるが、地元の人たちと同じ氏子として共存してきたのだから、それはそれで価値のあることだと俺は思っている。今では、警察も正確に数がつかめないほど彼らが三社祭に入り込んでいるらしいが、高橋組はその中でも老舗中の老舗といったところだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>袴にカンカン帽のお洒落な幹部たち</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><b></b><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">昔、俺が吉原で店をやっていたとき、高橋組の連中もしょっちゅう酒を飲みに来ていた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">奴らは昔気質の任俠が多く、理不尽なことさえしなければ暴れることなんてない。気のいい連中だったのを覚えている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そいつらときたら、三月が過ぎる頃になると、人が変わったようにそわそわし始める。祭りが近づくと、若い衆がどこか浮ついたような感じになってくる姿が可愛らしかった。褌一丁で神輿を指揮するのは幹部連中だが、若い奴らはみんなその姿に憧れていた。三社祭の神輿が担ぎたくて高橋組の若衆になった、という奴もいたほどだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「あっ、袴にカンカン帽なんて、洒落てるわね」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">と明花がつぶやいた。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「こいつ、いいところに目をつけたな」</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">彼らはこの町会の役員。商店会の旦那衆の代表と高橋組の代表だ。平袴にカンカン帽が役員のトレードマークで、町会の神輿はすべて彼らの指示で動いていく。彼らは集合場所を出発した神輿が浅草神社の境内に宮入りするときに、神主とともに迎えるという役目を担っている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">堅気とヤクザの氏子が一緒になって神輿を担ぐのだから、三社祭、浅草というのはおもしろい。白半纏と黒半纏が左右に分かれて、規律正しく、揉め事もなく神輿を移動していくには、ある程度強引にでもまとめていく者が必要なのかもしれない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「ヤクザが祭りを仕切っているのはけしからん」などと訳知り顔に言う人がいるが、彼らがいるから秩序が守られているという面もある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">これが堅気の衆だけが仕切るようになったら、うまい汁を求めて、どんどん外のヤクザがやってくるだろう。それこそ三社祭が食い物にされてしまうことだって十分に考えられる。道理を知らない奴らが勝手気ままに振る舞うことになるかもしれない。俺は、そのほうがよっぽど怖い気がする。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">最近では、ヤクザがどうの、神輿に乗るのがどうのと、いろいろ外野がうるさいようだが、もっと大目に見るくらいの懐の深さがあってもいいはずだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">事実、神輿に乗った奴が逮捕されたそうだが、容疑が「神輿に乗って担ぎ手をって混乱を誘発した都迷惑防止条例違反」というから笑ってしまう。祭りっていうのはさ、<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>り、<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>られて、盛り上がっていくもんなんだよ。参加している人間の気持ちがだんだんと高まってくれば、ちょっとくらい羽目を外してもいいってことさ。羽目を外す奴も出てくるかもしれない。そういうときは、それをみんなでたしなめてやればいい。それがお祭り騒ぎというものじゃないのかい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">警察も警察さ。最近の警察は何もわかっちゃいない。いったいどこを向いているのか。昔の警察は、堅気もヤクザも警察も、みんながうまくやっていく方法というのを知っていたはずだ。「持ちつ持たれつ」ってやつだが、それを今は「癒着」というらしい。「持ちつ持たれつ」は堅気もヤクザも警察もみんながうまくいく「三方良し」だが、「癒着」は誰かと誰かが金をけるというものだ。まったく意味が違う。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">「持ちつ持たれつ」で、みんながなんとなく幸せを感じながら、認め合いながら暮らしていくんだよ。それが浅草のいいところ、俺がいちばん好きなところだった。法律だ、制度だ、なんて言っていたら、居心地が悪くなるに決まっている。祭りにあっては堅気もヤクザもない。一緒に楽しめばいい。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 18.0px Hiragino Mincho ProN"><b>俺は神輿を担いだことがなかった</b></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 14.0px Times New Roman; min-height: 16.0px"><b></b><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺にも祭りに参加したい気持ちはあった。高橋組にはたくさんの知り合いがいたし、町会に寄付だってしていたから、頼めば神輿を担ぐくらい、そんなに難しいことじゃなかったかもしれない。ただ、俺は義人党との関係があったから、丸金の半纏を着ることはできなかっただろう。今で言えば、山口組の代紋を背負っている者が他の団体のバッジをつけるようなものだ。だから高橋組に頼むようなことはしたくなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">もう一つは地元町会の堅気衆に頼むという手もあったが、それも俺にはできなかった。堅気衆は俺の店のお客さんには違いなかったが、だからといって頼み事ができるはずもない。借りを作ってしまっては、商売に差し支えるということもある。厄介といえば厄介だし、もっと素直になればいいとは思うけど、それができないのが男というものなのだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺が神輿を担がなかった理由はもう一つある。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">頭が固いというか、古いというか。余所者が祭りに参加しちゃいけない、という思いが俺にはあった。祭りは何百年もの間、その土地に伝えられているものだ。格式というものもある。そこに、余所から流れてきた者が入り込んじゃいけない。土地に根ざし、そこで生きていく覚悟のある者でなければ祭りに加わることはできない。俺はそう思っている。高橋組の衆だって地元の奴は少ないだろう。でも奴らは、親分から盃をもらい、浅草という土地で生きていく覚悟ができている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">そこまで気にすることはないという人もいるかもしれない。現実に、長い歴史がある三社祭でも担ぎ手が少なくなったという理由から外の人間に頼るようになったのだから<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。今の若い奴らは、そんなことはこれっぽっちも気にしないだろうが、とにかく俺にはできなかった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">三社祭は浅草の人間にとって特別なものだ。俺が住んでいた頃は、とくに地元の人たちの祭りに<span style="font: 14.0px Times New Roman"> </span>ける気持ちは、今では想像ができないほどに強かった。俺はそれを強烈に感じていた。だから、三社祭に憧れはあったが、根無し草の俺が踏み込んではいけないと思っていたのだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">土地にはそれぞれの考え方やしきたりがある。その土地で生まれ育った者は、小さい頃からそれを叩き込まれる。親はもちろんだが、親戚、近所のおっちゃん、おばちゃんたちも一緒になって教えてくれる。そういう人たちが一年に一度、辛いことも苦しいことも忘れて祭りを楽しむ。そこに半端な余所者が入り込んじゃいけない。守らなければならないことは、絶対に受け継いでいかなければならない。そうでなければ、本当の良さはだんだんと失われていく。その片棒を担ぐわけにはいかない。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">俺は若い頃、蒲田で暴れていた。愚連隊と呼ばれて、仲間たちと我が物顔で蒲田の街を歩いていた。ヤクザを相手に喧嘩を売ったこともある。売られた喧嘩を買ったどころか、逆に相手をグチャグチャにしたこともある。そんなこともあって、蒲田にいられなくなってしまった。そしてやってきたのが浅草だった。浅草は俺を温かく迎えてくれた。俺にとって浅草は大事な場所だ。だからこそ、祭りに参加することはできなかったんだ。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">浅草を離れて、もう二〇年以上が過ぎた。雷門のあたりを歩いている者の中には、もう生っ粋の江戸っ子はほとんどいないだろう。いつも観光客であふれ返っている。どこの国かわからない言葉が飛び交っているのも、奇妙な感じだ。老舗は小洒落たビルに変わり、川の向こう側には、ちょんまげだか何だかわからないものが屋上に載っている。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">街も人も変わってしまうのは当然だ。俺が浅草に来ても、もう声をかけてくる奴なんていやしない。気のいい饅頭屋の親父も、下手な唄を歌っていた草履屋のおっさんもいない。博打で負けたといっては母ちゃんの顔色を窺っていた牛鍋屋の店主も、今はこの世にいないだろう。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">もう浅草の人間でないことは重々承知だ。でも、俺の根っこの一つは浅草にある。そう思っている。だから五月に三社祭が始まると、自然と足が向いてしまう。神輿を担いだことはない。浅草で暮らしていた当時だって、毎年神輿の様子を見ているだけだった。</p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 14.0px Hiragino Mincho ProN">悔しさではない。懐かしさでもない。祭りだけが、俺が浅草にいたことを思い出させてくれる。俺は三社祭が好きだ。浅草に生きる人たちが好きだった。それが、俺が今、生きている土台となっている。ここに来れば、それを自分の中で思い出すことができる<span style="font: 14.0px Times New Roman">......</span>。<span style="font: 14.0px Times New Roman"></span></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p>
<p style="margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-indent: 9.8px; font: 9.5px Times New Roman; min-height: 10.0px"><br /></p></p><p></p>]]>
        
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