2017年09月22日(金曜日)
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ふと振り返ると見えてくるもの  野伏翔

ふと振り返ると見えてくるもの 

野伏 翔 

  平成29年、世界が激変する。1月21日、アメリカではトランプが新大統領に就任した。翌22日、大関稀勢の里が優勝、19年ぶりに日本人横綱が誕生する。そしてこの原稿を書いている今日23日、私は65歳の誕生日を迎えた。体はすこぶる元気なのでピンとこないのだが、晴れて高齢者の仲間入りである。フェースブックというものをやっているが、これは自動的に誕生日が公表される。朝から知っている人や知らない人からもお祝いのメッセージが着信していて、無暗に誕生日を意識させられる。元々誕生日なるものをあまり有り難いとは思わない質ではあるが、節目の年齢でもあり、一年前に母が他界したこともあり、たまには自分の生い立ちを振り返ってみようと思う。

 私が生まれた昭和27年と言えば、20年の終戦から7年間と言う長きにわたった進駐軍の支配が終わり、サンフランシスコ条約が発効して日本が曲がりなりにも独立を手にした年である。出産は自宅でお産婆さんの手によるものだったという。家庭用の暖房に石油ストーブはまだない時代で、火鉢で暖を取っていたはずだ。親父は外で七輪を使ってお湯を沸かしていたそうだ。生まれたのは茨城県の古河市だが、我が家は古河の人間ではない。結城紬で知られる茨城県結城市の外れに、室町時代以来の本名野口家の墓がある。言い伝えによると、京の足利幕府に刃向かい鎌倉を追われた、関東管領足利持氏の子、春王と安王が結城市の庇護を受け、名を野口と変え桑絹村の庄屋として生き延びたという。と言って証拠があるわけではないが、墓地を守るように無縁仏たちが囲んでいるのは、当時戦死した郎党たちを供養したものと聞いている。

ではどうして戦後はそこにいなかったかと言うと

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