2017年09月21日(木曜日)
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日学同創設50年・三島研結成45年を迎えて  玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事、元日学同委員長)

日学同創設50年・三島研結成45年を迎えて

玉川博己(三島由紀夫研究会代表幹事、元日学同委員長)

 

一.日学同のあゆみとその意義

 昭和40年末に始まった早稲田大学の学園紛争は以降昭和40年代全国に燎原の火の如く広まった大学紛争の端緒であった。学費値上げ問題から始まった紛争は、左翼諸党派が暴力をもって介入し、キャンパスを占拠する異常な事態となった。左翼暴力学生に対して反発する良識派学生が立ち上がり、やがて全国的な民族派学生運動を目指して創設されたのが日本学生同盟(日学同)であった。昭和41年11月14日に日学同結成大会がひらかれた。日学同は早大における国防部を始め、全国の大学に国防部・国防研や日文研などのサークルをつくり、積極的に学生同志を増やしていった。日学同はそれまでの親米保守派と一線を画し、ヤルタ・ポツダム体制打破、左右反動勢力打倒を主張し、また自主防衛、自主憲法、失地回復の三大スローガンを掲げて日本の真の自主独立を訴えた。これに刺激された多くの学生が日学同の緑旗の下にはせ参じてきた。

 昭和43年の3月、三島由紀夫先生が学生を率いて自衛隊への体験入隊を行ったときには

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