2017年08月19日(土曜日)
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タジカラオの独り言ー天岩戸を開くまでー  第一回 「左翼演劇界との決別」 演出家・映画監督 野伏 翔

タイトル名は、古事記によると、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)にお隠れになり、世の中は闇の世界になってしまいました。しかし八百万(やおよろず)の神々の知恵で少しだけ開いた隙間から怪力のタジカラオが天照大神を引き出し、大岩を再びふさいで、元の明るい世界に戻すことができました。平成の世の闇を、再び明るい光の降り注ぐ豊かで平和な世にしたいとの願いを込めました。


タジカラオの独り言ー天岩戸を開くまでー 

第一回 左翼演劇界との決別

     高校生のころから学校の勉強はそっちのけの映画三昧。映画監督を志していたが、七十年代のその頃、映画の助監督試験があるのはロマンポルノ全盛の日活のみであり、多少硬派でもあった私としては、どうしたものかと考えていた。丁度その頃、劇団民芸の演出家であり俳優でもあった宇野重吉氏が「新劇嬉し愉し」という本に「最近は優秀な演出部員が皆テレビに流れていく」と書いていた。「これだ!」と大学三年になると同時に文学座の演劇研究所に入所した。これで大学の勉強もそっちのけとなった。演出家志望と言っても演技を知らずに演出などできるものではないと言われ、俳優志望の者たちと一緒に演技も学んだ。昼夜二クラスであったが、同じ夜クラスに本田博太郎、高瀬春奈、藤田美保子、昼のクラスには中村雅俊等がいた。演出志望者にも後に小説家になった桑原穣太郎を始め、TBSや映画のプロデューサーになった者たちがいた。一期先輩に松田優作なども居て、先のことなど何も考えず芝居に夢中になり、熱い青春時代を過ごした。

 二十代の後半は映画宣伝会社の予告編のディレクターとして生活した。そのころ手掛けた予告編、テレビスポットに「未知との遭遇」「さらば宇宙戦艦ヤマト」などがある。そして現在の劇団夜想会を設立した。同時に日本演出家協会の会員になったが、ここは私にはどうもしっくりこない場所であった。所属していて特別に損も得もない会で普段は何の連絡もないのだが、突然「何月何日何時、成田空港に中国の文化使節団が到着しますので、お出迎えに行って下さい!」という内容の手紙が来る。その一方的で高圧的な文章に反発を感じ、一度も行かなかったが、二度三度とこのような通知をもらい、「俺は中共の手下じゃない」とさっさと退会した。

映画監督協会も、何と言っても会長があの崔洋一氏である。あえて喧嘩するために入会することもあるまい。ということで私は全くフリーな立場である。 
 演劇界は元々共産党が多かった。新劇の三大劇団、民芸、文学座、俳優座はもちろん、前進座、東京演劇アンサンブルその他が、共産党の労働者演劇協会=労演、現在は名前を変えて,エンコウと呼ばれる「演劇後援会」の組織力と資金力に支えられて、今も全国を巡演している。左翼演劇に反発した新国劇や三島由紀夫の浪漫劇場、福田恒存の劇団昴などは、いずれも経営が立ち行かず消えていった。
 演出を始めた当初私もシェイクスピアからチェーホフ、サルトル、アーサー・ミラーなどの世界の名作から、日本の作家としては清水邦夫、別役実、井上ひさし他数多くの作家の本を手掛けたが、四十歳を過ぎた頃から、日本近代の歴史と個人の相克の捉え方に興味と疑問を抱くようになり、同時に既成のどの戯曲にも魅力が薄れてきた。
 だがその頃読んで唯一やる気が湧いた戯曲が「同期の桜」であった。特攻に散華した海軍14期飛行予備学生たちの群像劇である。初演は新国劇の作品であったが、新たに夜想会公演として作者榎本滋民氏との共同作業の下紀伊国屋ホールで上演した。この芝居は評判を得て、靖国神社境内での初の野外劇公演が実現した。この靖国公演の発起人として尽力されたのは、西村真悟氏であった。
 正にこの公演をきっかけに、朝日、毎日、東京等の新聞の文化部に、私のオリジナル作品は取り上げられなくなった。評論家もまず観に来ない。大手芸能事務所の多くは、企画NGと言って出演を拒否する。「マスコミに右翼のレッテルを張られたらおしまいだぞ」と忠告してくれる先輩もいれば、貸していた書籍一切を送り返してきて、絶交を宣言する同輩もいた。この頃からささやかながら私の戦いが始まった。
その戦いの一環として、この夏7月1日から「ラジオドラマ日本の神話」を放送開始する。FM世田谷にて毎週金曜日夜11時から3か月間放送。世田谷以外の地域も今はラジコというインターネットで聞ける。今の若い人たちの殆どは日本の神話を知らない。GHQと日教組の日本文化断絶作戦の見事な成果である。これに一石を投じるには若者に受けなくてはならない。というわけで若者向けに砕けた物言いで面白おかしく書いた。識者にはお聞き苦しい点もありましょうが、ご寛恕いただければ幸いである。