2017年11月19日(日曜日)
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揺るぎなき国体(三)法令における「国体」

揺るぎなき国体(三)法令における「国体」

展転社編集長 荒岩宏奨

明治の新聞紙発行条目
 明治時代には法学上の国体概念が誕生したことは前回述べたが、法令上において「国体」の語が初めて用ゐられたのも明治時代である。
 「国体」といふ語を初めて用ゐた法令は「新聞紙発行条目」であり、この法令は明治六年の太政官布告に掲載されてゐる。
 この条目の第十条は次のやうな条文である。
《国体ヲ誹リ国律を議シ及ヒ外法ヲ主張宣説シテ国法ノ妨害ヲ生セシムルヲ禁ス》(原文正字)
 現在は、国体を破壊しようと目論んでゐる新聞があるやうに思へるが、明治時代の条目では当然ながら現在のやうな論調が許されるわけがない。不敬な発言や出版が横行する今こそ、この新聞紙発行条目第十条のやうな法令が必要なのではないだらうか。
 この二年後の明治八年、新聞紙発行条目は全面的に改正され廃更となり、代はつて「新聞紙条例」が施行されることとなる。ところが、新聞紙条例には「国体」といふ語は見られず、「政府ヲ変革シ国家ヲ顚覆スルノ論ヲ載セ」(原文正字)ることを禁止するといつた表現になつてゐる。この条例はその後も何度か改定されたが、「国体」といふ語が再び登場することはなかつた。
 明治四十年の「新聞紙法」では「皇室ノ尊厳ヲ冒瀆シ政体ヲ変改シ朝憲ヲ紊乱セントスルノ事項(後略)」(原文正字)といふ条文となつてをり、「皇室ノ尊厳」を護持する条文になつてはゐるが、やはり「国体」といふ語はなかつた。
 明治六年から同八年まで施行されてゐた新聞紙発行条目が明治時代の法令に見える唯一の「国体」といふ語なので、明治時代の法令にはわずか二年間だけしか「国体」といふ語が存在してゐなかつたといふことになる。

大正、昭和の治安維持法
 再び「国体」といふ語が法令に登場するのは大正時代になつてからであり、その法令は「治安維持法」である。
 大正十四年に成立した治安維持法では、第一条が次のやうな条文となつてゐる。
 《国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁固ニ処ス》(原文正字)
 治安維持法の第一条に国体といふ用語が登場する。

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