2017年11月19日(日曜日)
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揺るぎなき国体(一) 錯綜する国体概念 展転社編集長 荒岩宏奨

ゆるぎなき国体(一) 錯綜する国体概念

展転社編集長 荒岩宏奨

 使用されなくなつた国体といふ語

《朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所乱ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ体セヨ》(原文正字)。

 昭和二十年八月十四日付で渙発あそばされた終戦の詔書の謹抄である。多くの国民はこの詔書を八月十五日の玉音放送で拝することになつた。昭和天皇はこの詔書で、国体を護持したと宣り給うてをられ、さらに国体の精華を発揚することを願つてをられる。

 ところが、現在では「国体」といふ語はほとんど使用されなくなつた。そして、多くの国民はもちろんのこと、国会議員でさへも、国体とは何かを考へることはほとんどない。戦後日本の政治的混迷の大きな原因は、ここに起因するのではないだろうか。国体観をしつかりと持つ政治家が国会に多数存在すれば、現在のやうな政治的混迷は起きないに違ひない。よつて、国体とは何かを今一度考へることは、昭和天皇が終戦の詔書で宣り給うた国体の精華を発揚することにつながり、それは戦後体制を打倒することにもなるはずである。

 

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