2017年09月21日(木曜日)
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なるほど、納得政経塾 第六回「合理性の限界と自由」 神奈川大学経済学部教授 経済学博士 小山和伸

 前回、我々人間の合理性には、極めて厳しい限界があることを説明した。自分がとり得る選択肢にどんなものがあるかを知るための情報収集能力にも、その選択肢がどのような結果をもたらすか、そしてその結果が自分のどのような満足感や不満足感をもたらすかを知ろうとする計算能力にも、大きな限界があることを述べてきた。だから我々は、例外的に単純な場合を除いて、最も良いものを選ぶ最適決定はできないと論じた。

 さて、そのような限定された合理性しか持ち得ない人間が織りなす人間社会において、少しでもより良い資源配分を実現しようとするとき、各人がそれぞれの判断に基づいて、好き勝手にバラバラな意思決定をする社会と、中央政府の集権的な意思決定による社会とでは、どちらが望ましい結果を得られるであろうか。今回はこの問題を考えてみよう。

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