2017年11月19日(日曜日)
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防衛最前線 第四回「中国の領土欲と南シナ海の攻防」 拓殖大学防災教育研究センター  副センター長・客員教授 濱口和久

防衛最前線 第四回「中国の領土欲と南シナ海の攻防」

拓殖大学地方政治行政研究所附属防災教育研究センター
             副センター長・客員教授 濱口和久

 オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、南シナ海における中国の主権を否定する判決を出した。中国政府は判決の内容に反発し、判決の不当性を主張している。

 安倍晋三首相は7月15日、中国の李克強首相とモンゴルの首都ウランバートルで会談した際、「法の支配と紛争の平和解決が重要だ」とする日本の立場を伝えるとともに、仲裁裁判所の判決を受け入れるように求めた。

 李首相は強い不快感を表明したようだが、安倍首相の発言は、今後の東シナ海での中国の動向を牽制するうえで、日本の国益に合致するものだった。

 そもそも中国には「国境線」という言葉(概念)は存在しない。中国語で「国境線」に該当する言葉は「辺彊」である。正確に言うと曖昧な地域を示す「緩衝地帯」に近い。

 そのため中国では、「緩衝地帯」に「力の空白」が発生した場合、他民族はその空白を埋めようと侵略してくる。中国の歴史は、「辺彊」が他民族の手に落ちれば、「緩衝地帯」がなくなる。漢民族(支那人)にとって、中原の地(文明の中心地)から少しでも遠く離れた地域に「緩衝地帯」をつくることが、国家存続の前提であった。

 毛沢東は1945年8月15日の日本の敗戦後、国共内戦に勝利する。国民党を台湾に追放すると、1949年10月1日、中国(中華人民共和国)を建国する。

 このときの中国の「辺彊」は(満洲・内モンゴル・チベット・新疆ウィグル)の地域であった。「辺彊」経営を積極的に進めた結果、現在は中国の膨張主義を支える戦略的拠点として位置づけられるまでになった。

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