2017年08月19日(土曜日)
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戦争で同胞が殺される怒りを後世に残した二人の男―ピカソと光陽― 佐波優子

戦争で同胞が殺される怒りを後世に残した二人の男―ピカソと光陽―
佐波優子

空爆への怒りをキャンバスにぶつける

 今回は戦争によって自国民が殺されていく怒りを絵画と写真にて後世に残した20世紀の二人の人間の話をしたいと思う。
 
 世界史から紹介するのは、「ゲルニカ」の作者で画家のピカソだ。ピカソは1881年、スペインのマラガで生まれた。美術学校で絵を学びながら子供時代から数々の絵を描き続けてきた。
 
 ピカソが50代半ばになり、まだ第2次世界大戦が始まる前のこと。ドイツではヒトラー率いるナチスが台頭し、戦争の火種がくすぶっていた。そんなときスペインで内戦が起こった。人民戦線政府側とスペインの軍人フランコ側が内戦で戦ったのだ。
政府側にはソ連、欧米の社会主義者、知識人が集まり国際義勇軍として支援した。軍人側にはイタリアやナチス=ドイツがついた。
そして1937年、ドイツは政府側が支配している街に無差別爆撃を行い、1700名近くの人が殺された。それが、「ゲルニカ」という小都市だった。ゲルニカはバスク地方にあり、少数民族である多くのバスク人が暮らしているところだった。
無差別爆撃の後、バスク人たちは人民戦線政府に助けを求めた。しかし政府の助けは来なかったのだ。爆撃から3日経ち、ゲルニカはフランコ軍の支配下に落ちたという。

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