2017年06月24日(土曜日)
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旭日旗考  玉川博己

旭日旗考

玉川博己

昭和20年8月15日大東亜戦争終結とともに内地外地を問わず各戦線で勇戦敢闘していた陸軍各部隊の団結の象徴であった軍旗(聯隊旗)は奉焼され、帝国陸軍80年の歴史に幕をおろし、また僅かに残存していた聯合艦隊の艦艇に翻っていた栄光の軍艦旗は米海軍の接収とともに星条旗にとってかわられた。以後占領期を経て旭日旗が復活することになるのは昭和29年の自衛隊発足まで待たねばならなかった。

陸上自衛隊の隊旗(連隊旗)として採用されたのが八条旭日旗であった。旧聯隊旗が十六条の旭日旗であったのに対して、旭光の本数が半分にされたのはやはり帝国陸軍との連続性を否定しようとした政治的配慮であったのだろうか。また最も大きな違いは帝国陸軍において聯隊旗は大元帥たる天皇自ら親授されるものであったことだ。だから聯隊が創設される場合聯隊長と聯隊旗手は宮城へ参内し、天皇の御前で侍従武官長から聯隊旗を授けられることになっていた。それゆえ軍旗(聯隊旗)は部隊の団結の中心であり、軍旗ある限りたとえ最後の一兵に至るまでも戦い抜くという国軍の伝統を築いてきたのである。

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