2017年10月23日(月曜日)
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「今でも昔でも憲法違反」 村田春樹

「今でも昔でも憲法違反」

村田春樹

 

明治の先哲がこの「譲位」騒動を見たらなんと言うか。前号では旧皇室典範(明治二十二年)とその義解を切り口に論じてみたが、今号では大日本帝國憲法とその義解を切り口に見てみよう。まず帝國憲法の前文ともいえる上諭に

「朕及び朕が子孫は将来此の憲法の条章に循ひ之を行ふことを愆(あやま)らざるべし」

とある。つまり天皇の子々孫々に至る迄この憲法を遵守すべしと述べている。

「将来若し此の憲法の或る条章を改訂するの必要なる時宜を見るに至らば、朕及び朕が継統の子孫は、発議の権を執り、之を議会に附し、議会は此の憲法の定めたる要件に依り、之を議決するの外、朕が子孫及び臣民は敢えて之が紛更を試みることを得ざるべし」

憲法を改正するとき、天皇たるもの子々孫々まで議会に従うべし、と記している、つまり天皇は徹頭徹尾議会と憲法をその上に戴くことを、内外に闡明しているのである。大日本帝國は天皇主権天皇統治の国ではなく、憲法を最高の権力の源泉とする、立憲主義に基づく国であったことはこれだけでも明らかである。

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