2017年07月22日(土曜日)
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書評 日本の君主制 葦津珍彦著 葦津事務所発行 三浦小太郎(評論家)

書評 日本の君主制 葦津珍彦著 葦津事務所発行

三浦小太郎(評論家)

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 本来、新聞書評とは、原則として新刊書籍を取り上げるべきものである。ただ、今回だけは、平成17年に刊行された、葦津珍彦著「日本の君主制」を取り上げさせていただきたい。現在の皇室や譲位をめぐる様々な議論の前に、私たちがまずなすべきことは、何よりも伝統的神道の立場に立つ先人の言葉を聴くことである。葦津珍彦は、戦前はもっとも純粋なアジア主義者の立場から、ナチス思想や東条政権の戦争指導の誤りを批判し、戦後はまた日本神道家として、GHQにも、当時論壇で力を得た左派に対しても、彼らの日本伝統への無知を批判し続けた、私見では戦後日本思想界を考えるうえで最も注目すべき人物の一人だ。

実際、当時南原繁は「自由退位制度」の導入を主張し、また美濃部達吉、里見岸雄らは女系容認論を述べていたのである(要するに、現在議論されている問題はほぼ出尽くしている)。葦津は、前者に対しては、確かに歴史的には存在したものだが、明治時代の皇室典範がこれを禁じた根拠を深く考えることなくして重大な変革をなすことの危険性を指摘、後者に対しては「女帝の制度の認められた歴史はあるが、女帝は常に配偶者の現存せざる事態に限られていたのであって、女系子孫の継承を認める思想は全然存在しなかった」と批判した。

 しかしその上で葦津は、戦後憲法における皇室典範が、皇統に属する身分であっても、庶子に対しては皇族の身分や皇位継承権を認めないとした点を疑問視し、一夫一婦制の倫理原則が尊重されるべきであることを認めつつも、日本国史上、半数近くの皇統が庶子によって継承されてきた点を指摘し「女系継承を認めず、しかも庶子継承を認めないと云う継承法は無理をまぬがれぬ」と警鐘を鳴らした。同時に元皇族の復籍については「その事情の如何に関わらず」ひとたび皇族の地位を去られた方は復籍を認めるべきではないという「君臣の分義」の原則から否定している。

 葦津の個々の意見に対しての賛否はあろうが、一人の神道家が、

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