2017年11月19日(日曜日)
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今さら聞けない皇室の基礎知識 第六回「多すぎたり少なすぎたり、苦慮してきた先人たち」村田 春樹

臣籍降下

 我が国の皇位継承の歴史を振り返ると、皇位継承者(皇族・親王)が多すぎたり少なすぎたり、その調整に苦慮してきた歴史と言えるであろう。まず多すぎた時代を見てみよう。平安時代には皇族が増加しすぎて、国家財政を圧迫する様になり、姓を賜って(賜姓)臣籍に降下するようになった。敏達天皇の五世または六世子孫の葛城王が天平勝宝二年(七五〇年)に、橘姓を賜って臣下となり、橘諸兄を名乗ったのをその嚆矢とする。桓武天皇の孫高望王が平姓を賜って平高望となった。桓武平氏の始祖である。その後、清和天皇の孫経基王が源姓を賜って清和源氏の始祖となり、頼朝義経に繋がるのは有名である。

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