2017年10月24日(火曜日)
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書評「図解 孫子兵法 完勝の原理・原則」家村和幸著 並木書房 評論家 三浦小太郎

sonshiheiho01 軍事学・戦争論の古典的名著である「孫子」の解説本は数多い。しかし、本書はその中でも独特の視点と、日本国民が今読むべき軍事思想の原点を示唆している点で極めてユニークな一冊である。あえて言えば、私は本書を兵法の本としてではなく、ある種の思想書として読んだ。そして、そのような読み方に十分耐えうる本である。
 もちろん、本書を純粋に軍事学や戦略論として読む方がいてもそれは差し支えないし、また、日本の戦国時代などに興味のある方がエンターテイメントとして読むことも可能だ。特に、圧倒的な豊臣軍に徳川軍が勝利した「小牧の対陣」を分析し、いかに徳川家康の戦略が孫子の兵法に基づく優れたものであったかを指摘するくだりなどは、的確な陣容の図式を配置した説得力豊かなものである。(184頁)また、武田信玄の有名な「風林火山」についての、簡潔だがその背後にある深い意味をさらりと感じ去る記述などは、著者同様、信玄をはじめとする戦国武将の、戦場で鍛えられた精神性の高さを垣間見させる。(141頁)孫子兵法が古代日本にすでにもたらされ、戦場において影響を与えていたことを示唆する恵美押勝の乱についての分析は、新羅征伐とその敗北が日本に国家的危機をもたらしていたことをまざまざと伝えている。同時に、大東亜戦争における日本の失敗を、あらゆるイデオロギーを廃し、戦争の長期化を避けられなかった一点に絞って分析する視点は、しばしば忘れられがちな原則論だろう。また、孫子の兵法の主張を各章ごとに図表化して表すことで、図表と本文を読み比べることで、古典の内容が素直に頭に入るようにしているのは、著者の教育者としての並々ならぬ能力をうかがわせる。
 しかし、それ以上に興味深く読んだのは、次のような著者の指摘である。


 孫子は、戦争をしても勝利する見込みがないときは当然開戦を避けるべき年、同時に「敵にも戦争をさせてはならないので、積極的に『詭道』を用いる」(56頁)ことを説いた。簡単に言えば、こちらの愚人的実力を過大に見せて敵を欺き、かつ外交手腕を駆使して敵を時には挑発、時には懐柔し、また内部工作で分裂を図り、その間に自らの軍事力を増強していく。リアリズムの政治・軍事として、全く当然の主張である。
 しかし著者によれば、日本最古の兵法書『闘戦経』は、この孫子の説をこう批判した。
「シナの文献では相手を偽り欺くのがよいとしており、日本の教えでは、真鋭を尊ぶべしと説く。」偽りや陰謀で勝利を導こうとするのは「真鋭」に背く。実は著者はこの『闘戦経』については「闘戦経 (武士道精神の原点を読み解く)」(並木書房)にて詳細に論じているのだが、本書では「孫子」と「闘戦経」の思想的対立を、よくある俗流文明論で論じるのではなく、軍事組織の根本的な違いから説明していく。
「春秋時代のシナでは、郡県制度的な行政組織を通じて若い農民を徴兵するという国民皆兵の常備軍制度が普及していた。これにより各国は動員兵力を競い合うという、質より量を重視した風潮があった。『孫子』もこうした大衆による軍隊を前提として記述されている。」
「これに対して、大昔の日本では、天皇自ら軍を統率され、久米、大伴、物部といった代々天皇の親衛を司る家系が多くの軍兵を擁していた。(中略)律令時代には隋の軍事的脅威に備えて全国皆兵の制もしかれたが、それでも軍隊の統率が天皇に直属していたことから、軍の統帥指揮は極めて良好であり、忠誠心や武勇を尊ぶ気風があった。『闘戦経』は、このような精鋭な軍隊を前提として書かれたものである。」(57頁)
 これは単なる歴史記述を超え、また、徴兵か志願兵制か、衆兵主義か精兵主義かといった軍事的な選択肢を超えて、言外に潜ませてはいるが、日本における国軍のあり方を歴史的、思想的に位置づけようとする試みである。日本における軍隊が「真鋭」を貫く存在となるためには、皇室伝統ともう一度軍隊が結合する必要がある。かって三島由紀夫が「栄誉大権」という言葉で、自衛隊と皇室のあるべき関係を表現しようとしたものと、著者の目指すものはおそらく近い。三島がこのメッセージを自衛隊の前で発し、聞き入れられることなく切腹した時代から40数年を経て、元自衛隊幹部であった著者の言葉が三島の想いと交錯するのを読むとき、日本の歴史伝統というのはたとえ一度は崩れても必ず復活するものだという思いを新たにすることができる(終)