2017年08月19日(土曜日)
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西澤貞夫 つれづれ山河 第五十三回

人に生まれると、親と兄弟は一番身近な人で、同級生、近所の親や子供、叔父に叔母は二番手の人であるが、どんな人が身近かにいるかで、人生路が左右される。兄は祖父母から初孫で「出たぞ我が家に大臣が」と、祖父が詠み、戦中の厳しい時に鯉のぼりから、兜と祝品はそろえて、戦後の混乱期の入学時にランドセルに学生服はクラスに2人のみで、嬉しかったと、何回も懐古ぱなしを。お金に品物に無い時代の二番手の男は「おさがり」が多く、服は手直しで、靴は底がすりきれるまで。そんな中に兄の鯉のぼりを揚げ、兜を飾る時は楽しく誇らしいひととき。成長の兄が「むかし神童、今はただの人」と言いながらも愛読書に「成年重ねて来らず、歳月人を待たず」と記してくれ、「今の日本と世界が分かるから新聞は読め」「時間がある時は本持て(持っているといつでも読めるから)」その度の内閣の組閣表を新聞から切り取り見えるところに貼っていたが、「政治に理屈はいらぬ、後で理屈は幾らでも言える」と先導路はすごい。後に、病身のおふくろから『家をたのむ』が遺言であったと、回想して。兄が家庭を持ち、年ごとに「我が家」は変化をして、親父とおふくろが受け継いだ慈愛の「我が家」の今は違うから寂しくてつらい。「酒なくてなんの己がさくらかな」が辞世の句である。

『アルバムに笑みてならべたる家族6人 今残れるはただふたり』

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