やまと新聞 > 西澤貞夫 「つれづれ山河」

西澤貞夫「つれづれ山河」22

人それぞれで、学校では教科書以外に巡り合った教師の話が生きていく中に大きい。万物の根源は「水」に「火」に「数」と。無限なものは「宇宙」に「人間の欲望」であると。我が師はこの地球のことより、宇宙のかたりが多く、よって宇宙が近かった。

昼間と同じ背広にネクタイの師が春から冬の1年の星空に興味のある生徒を夕刻に校庭に呼び、「一番星」の指令から星座授業が始まり、流れ星を見て「読み書き、ソロバン」と唱えた。父兄の参加もだんだんに多くなり、折りに差し入れもあり、嬉しいひとときである。月を観てどうも遠くて無理だが、光の少ない地ゆえ、空気の澄んだ夜空の無数なる星のうち、どれかはつかめると。ほうきや長い棒を突き上げて。高いところに登ればと、二階に。小高い丘の上に、そして、心がはやり高い山の上に登れば捕れると、もっとも長い棒を振り、近くに見えていつしか一つで良いから星を捕りたくてと。夢と希望ではなくいつしか捕れると。
そして巡り逢いのひととき。議員から『夕べは何を食べたか』「子供と回転寿司でした」『回転寿司とは』「いろいろ寿司が回ってきます」『寿司が回ってくるのか、そんな贅沢な寿司を食べているのか!私は頼まないとで出ない』

2012年1月23日 at 18:27 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」21

いつもこの期になると『この1年は』とマスメディアは振り返るが、12月の政府・政党・政治家・各種団体は来年度の国の予算の編成の詰めの奔走の時で、陳情、請願のために、土・日曜日の議員会館が開かれる。


議員が「気」を張り詰めているとき、ふと「昭和30年代から物価が変わらないものがあるが何か」と問われ、「降参です! 教えて下さい」「公衆電話は当時10円、今も10円」と。


2011年12月8日は先の戦争に入って70年の節目であり、精神を鍛えた教育で約3年9ヶ月、休みなしで戦った軍隊、兵士はすごい。


高齢の生存の人が泪ながら体験を証言をして白黒の映像に、時にはカラーの映像に。証言と映像の力は強い。今の平和の日々に感謝したい。


地震に津波は地球のメカニズムが引き起こす自然現象であるが痛々しい結果が出る。原発事故は科学の粋でひとときも速く終息してほしい。


日本国に生れ先人が築いた日本人が今にしても避難者数が33万4000余名とは、可愛そうでならない。来年になるとまた歳を重ねるが、夢は願うと叶うを信じて。

2011年12月26日 at 13:38 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」20


日本の国土面積は世界61位、海洋面積は6位と。国旗は国家を象徴する旗で世界の国旗の中で日本の国旗は日章旗と呼ばれる「日の丸」で「白地に赤」白は清らかさと気高さで、赤は太陽で燃えると教えられた。


国会議事堂の衆議院・参議院の屋上に国旗がたなびいているが、毎朝7時に掲揚して、17時に降下をしているが、旗の上げ下げは手動のハンドルため、滑車のトラブルなどで数秒遅れるとただちに「何があったのか」と問合せが来る。


時の総理で本会議場の国旗の前にいると総理も国旗も光って見えたが政治家に日の丸が似合う人が多い。


原子力をはじめ科学の発展が人類を幸福に導くとは限らぬが、さんざん恩恵に預かった前のアイドルたちが「脱原発」とマスメディアにいうが、脱原発は容易ではない。3.11の被災地から「変わったものは季節」だけとは見ても聞いてもつらい。


戦後間もないころの、小学校、中学校には本が少ないので教師が伝記や小説、文集を朗読をしてくれたが、読むより聞く方が夢を見れた。良い所になると、必ず「...つづく」と言い、明日に思いをつなげられた。「今日を楽しんだ人は明日が待ち遠しくなる」→ 政治家キケロ。

2011年11月30日 at 12:12 | | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」19

1年の暦の24節気は文明と文化を生活に上手く教えている。

近々のデータでは非常時に、持って逃げたい第一は携帯電話と82.5%安否確認情報収集、ニュースにサイト。第二は現金で77.8%とあるがいかに普通の日々が素晴らしいか。
1995年1月の阪神大震災は「初動体制の遅れ」が危機管理体制の設立になり、3.11の大震災の後、国会は第1次補正予算、第2次補正予算と成立しているが、大震災から7ヶ月が過ぎ、被災者数が約2万人と気の毒でならない。
ボランティアは阪神大震災では137万7000人、東日本大震災は70万人で特に向寒の東日本には柔軟で機敏な『政治の力』が不可欠である。
地震の予測は不可能と物理学者の常識であるが、今は何よりもまず、放射性物質を解決するのに専門家はフル活動をしていただきたい。本会議や委員会の審議が膠着(こうちゃく)状態時に、現場、現地に行って来たが『習うより慣れろ』との教えからと、役所や会社が人を育てるのではなく仕事が人を育てると知る。
そして上司、先輩から『昔ばなし』が聞けた。
昭和のひとけたの時代、職員が院から出兵する時に同僚が『衆議院』の提灯(ちょうちん)を持って駅に見送りにいくと、街の人が『衆議院』の提灯を見て「折りに聞く名前ですがどちらにあるお寺ですか」

2011年10月29日 at 19:48 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」18

セミの夏から虫の秋に、耳からの涼味であるが今夏も暑かった。

日本の8月のメディアは「戦争経過」を特集するが、戦争は始めるよりも終わらせることの方が何十倍も難しいと教えている。

現今の原発事故を科学者に専門家は全ての英知でひとときでも早く解決すべきである。それを全政治がサポートをすれば次は、そして次も解決出来る。
あの地の「祝・大漁」から「祈・大漁」旗は日本人の知恵を証明している。
原発からの電力も含めあらゆる分野が豊かになり、日本の家庭にテレビのない家はない。ともすれば部屋ごとにテレビがある。
「閉めれない扉は開けてはいけない」=ペルシャの諺
江戸時代は徳川家康から徳川慶喜まで、約260年を15人の将軍が収めているが、近代の日本は130年で95人の総理が。米国は220年で44人の大統領である。近年は世界の指導者の変革は凄まじい。政治が安定すると経済も発展する。
昭和の時代、議員の海外出張を見送りにいくと『今日は赤道の赤い線は右に見えるか左に見えるか』と問うと、旅行社も『横断しますから左右にあります』『では、真ん中の座席を』と。ほのかなに接した。
日本人の好きな数字は7・3・1・8・2・・・というが議員の一人は飛行機の座席は1-Aと決めている。夢や希望をあきらめて組織に没頭している世代に紀元前1世紀の政治家・キケロの熱弁は良い。

2011年9月26日 at 16:24 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」17

今期の夏も暑い、しかし昔から夏は暑い!夏ナクバ、秋アラズと。

日本人の好きな季節は半数以上の人が秋と言われるが、暑さの次の清涼からと五穀をはじめ果実などが豊かな結果を知らせてくれ、日本列島の北国から始まる野山の錦絵の便りと、蝉しぐれから日毎に草むらからの虫の音が多くなり、安らぎばかりか心が癒されるから。
東日本大震災の原発事故で節電を知り、エスカレーターの中止に、商店街のネオンも張り紙で節電を知らせていたが、原発事故地域の悲惨さからこの節電は不便ではあるが不自由ではない。
それまでの日々がいかに楽であり、明るい街であったかを思い知る時で、折りに近日は1階から2階のエスカレーターも動き、繁華街のネオンの点灯も多い。
ニュース報道に、紙面に定着したメルトダウン、フラッディング、ストレステストなど「外来語」が多い。
自動車の運転免許を取りにいっていた時に先輩が部品などを「外来語を日本語にして」と陳情をしていたが、そのとおりであり、専門家や学者は解って話をしているが伝える人、編集者は固有名詞以外は日本語を使用すべきである。現にニュースと、紙面を見ていても隣に辞典が必要である。せめて日本語を併用してほしい。
電力源としての原発依存は現実であり、今回のこの大きい犠牲を教訓にして1,000パーセントの安全が完成してから決定にと願う。
原発事故からの放射線量などからか「環境保護法」が難航しているが多少の環境破壊をしないと人間は生きられない。
あらゆる情報の真相を追い、正しく社会に報道することが『報道機関の根幹』である。

2011年8月24日 at 17:37 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」16

国会議員は国民から直接に選ばれているから国民の代表者から院内では尊敬の念から『先生』と呼ぶ。

私は戦後の荒廃から歩みだした山間部で生まれ育ち、小学校・中学校の教師は戦前の教えからか怖かったが、小学低学年の教師は優しい教師で、天気の良い日は3時間は屋外授業に。山道を歩くから先頭には長靴を履かせた(露払いの意味を知る)そして蛇を追うからと長めの棒を持たせた。草花や樹木の名前を、食べれる草花を教わり、昆虫や動物の名前を、鳥の名前や鳴き声の鳥の種類も、ここは「社会科」に「理科」にと。行き帰りには山や地形を知るから「地理」にと。(これは放課後の遊び場の発見になる)小さい傷はヨモギなどを巻いて終了。そして大きな声でわらべ歌や童謡・唱歌を唄うから「音楽」の授業と。農作業の人の近くを通ると声がかかり、手を振って応援をしてくれた。住民と児童と学校が一体である。春には山菜を採り、業者が買い取り、それが図書館の本になる。本の供給の少ない時だけに嬉しいひとときで。夏には池でのプランクトンの調べ。川での魚捕りに水遊び。紅葉の秋は写生会。冬には、雪が積もると1時間目は小高い丘にスキー。次の日は田んぼに水を張りスケートを。日ごとに冬場の運動場であるが用具が少ないから順番で使い、用具が来るまではそりで遊び、放課後は教師も参加しての雪合戦と。雨の日は屋外授業のおさらいで、上級で教わる漢字も、漢字にひらがなをふるから分かりやすく。、動植物の名前から上手く入った。音楽室からはメロディがきれいな童謡・唱歌が流れ、春・夏・秋・冬を目と耳に肌の身体に上手く教えてくれた。
校訓の「10年の計は樹木を植え、生涯の計は人を育てよ」が折りに委員会で質疑応答があった。

2011年7月20日 at 12:00 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」15

 時に仕事は「ゆっくり、急げ」との教えの中で、議員の顔と名前を覚えのことは泌須事項で、選挙後のマスコミの紙面を活用するのが大であり、話題の議員は覚えやすい。


 学生の時に単語を覚えた方法や、顔を見て名前を書く人、小さい声で議員名を読む人と各々特色があるが、特に「玄関勤務」を命じられると議員の身辺警護と議員名で車の呼び出しが任務に。よって常に顔写真と名前に心身を費やす。通勤の電車の中でも復習で、隣や近くの人には異様な者に映ったと。


 本会議散会後の玄関はひとときは多忙で、出てきた順次に議員名を呼ぶが、議員は車が来ると自分の車だと乗り、ドライバーは(自分)の議員だと思って走り、前庭で「間違い」で戻る光景も会った。


 折に議員の車を呼ぶ時に、議員名が出なく「ん先生」と呼ぶと車が来て安堵したと。委員長、大臣の役職の人は名前を知っていると役職名は出てくる。初当選の議員が玄関においでになり「◯◯先生」と呼ぶとビックリと謝意を表している。


 二世議員を先代の議員名で呼び、呼ばれた議員は「親父になった」と苦笑いで。議員で同姓同名がいると出身県にて「○○県の○○先生」と呼んでいる。玄関は「証人」「参考人」など、手続きの後、入退出するが「時の人」はマスコミの焦点になりニュースの画面になる。

2011年6月27日 at 11:48 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」14

世界の人口は1987年に50億人、1999年に60億人、2011年70億人になり、2100に101億人と推測されているが。

2000年から世界は高齢化が進み、財政ー再建、景気回復が世界共通の課題になり、I・Tは「政治」と「経済・社会」が地球を狭くしている。


日本の国技の相撲界では上位陣に外国人力士が多くを占め、テニス界の頂点の英国・ウィンブルドン大会にイギリス人がいない。その時に適応した人だけが残っている。


昭和時代は院内の理髪店で刈っていても、議員がくると議員優先でエプロンをつけたまま待合室で待機をして、議員が終了すると先の席に。

食堂では依頼した物も後から来た議員がそれを依頼すると議員にと。先輩が「ここ『国会』では議員と泣く子には勝てません」


「駕篭に乗る人・担ぐ人・またその草鞋を作る人」と駕篭に乗る政治家はその地の「民」の代理であるから偉い!。議員がいるからの事務方である。政治家も面白い人がいる。外遊の時の挨拶で「これから元気でヨーロッパに渡米してきます」


今期は寒い日と暑い日のどちらかが多く、穏やかな春の陽が少ない。大震災の被災地では混乱の中でも、略奪、暴行もなく、少ない食料を分けあい寒さに耐えている「我慢強さ」「社会秩序(信号を守り、横断歩道を渡るなど)」守る日本人の礼節、共助。忍耐強さは誇りであり世界中のマスコミからが絶賛されているのに日本のマスコミは「頑張ろう日本」「日本は強い国」被災地で昨日も今も頑張っている人に「頑張って下さい」はおかしい!過去は消す事はできないが未来は作れる。


3・11から写真の力は大きく、節電の関東の暗い街に、エスカレーターの中止と、方や名古屋・大阪の駅や繁華街の明るさは異国かと特別な戸惑いと感じ入る。明かりは日常生活に不可欠であるが、便利さが当たり前の今、当たり前が特別と思い知る機会であるが我慢の節電では長続きはしない。人生30,000日(82.5歳)健康でいると生命が着いてくる。


2011年6月 9日 at 10:35 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」13

 国会(院内)に入ると赤絨毯(じゅうたん)が目に入るが、「赤絨毯を踏む、赤絨毯を踏んだ」は国会議員になる、国会議員になったとの代名詞でもあるが、議員になり本会議場の議席に着くと議長席の左右に大臣席(雛壇=ひなだん)があり、早く大臣席に座わり、そして総理の席に着きたいと聴く。


 参観の際に赤絨毯に入ると靴や草履を脱ぐ人もいたが、絨毯の上を靴などで歩くとの習慣がないからで不思議な光景ではなく美しいひととき。


 先の大戦の秘話の中に米軍は航空写真で何かよい建物だ、戦いは勝つからGHQの本部をここにと攻撃を避けて、戦後に点検をしたところ、素晴らしい建物だ、負けた国から取り上げるのは可愛いそうとGHQの本部は生命会社に設置したと知らされた。建築技術の粋の結晶で外国ばかりか3/11の大震災でもビクともしなかったのは、時の匠の勝利である。


 30年前、40年前には文なしでも遊べたころの夢の施設や品物が常設にまた日用品になってあやかっているが、辛かったはずの昔に戻りたい気になるときがある。


 選挙はドラマであり、政治は夢とロマンであるが、ニュースがワイドショー化して政治をあらゆる角度から取り上げているが、ドイツのブレヒト氏は「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」


 政治家が原稿を読む途中ひと息を入れるように(ここで水を飲む)とあるのを、それまでも読んでしまうなどは一生懸命の姿勢からと思う。今、科学と化学の粋の結晶の原発には学会や専門家は解説よりも解決策を示してほしい。

2011年4月30日 at 21:00 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」12

 地球がある程度分ってきて宇宙に夢というが、科学と化学は人間が作り出したもの、人間の壮大な知恵で解決できないことはない。大震災での海底岩盤のプレートが500キロのブレとのことで、今、知りたいのは「地下の謎」である。

 政治家は選挙で選ばれるが、議員の名刺の字は大きく写真入りが多く、知って覚えて選挙のときに書いてもらいたい心理からで最もである。議員は「座右の銘」(己の心にとめ、戒めとする言葉)を持っている人が多く、色紙に「松聲無古今」「敬天愛人」「無量宝珠不求自得」と言葉は時代の文化であるが「漢文」が多い。

 朝刊での発言が、夕刊で陳謝し取り消して、政治家の行動や発言の責任は辞任で終わるが、世の評論家は責任が無いから楽だ。

議員は登院(議員が院内に入ると登院という)退室の時にマスコミには敏感で記者やカメラ(テレビのクルー)がいると元気で大きい声で挨拶する。日本を始め世界が「高齢化」になり、新興国が台頭している社会と経済に表裏一体の政治が深く関与の時である。

 時の総理で選挙で結果は出ているが、議院運営には野党に49パーセント譲るところとを言われ丁寧な作法を持てと対処としていたが時に民主主義とは時間のかかるものである。

 議員は人の選挙は大好きで元気が違う。「民」の字の政党名が多いが国民に、国民がとの思いと知る。アメリカのメディアが日本はなぜこんなに政党が多いのかに、「民主主義国」だからと言った。
  

2011年4月24日 at 18:21 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」11

今にしても「宇宙」の解明度は100万分の一との事であるが、寒い時は暖かさが嬉しく、辛いときほど心と情は身に染みるが、大震災地には「物」と「言葉とお手伝い」が何よりである。人間の身体は寒い時には暖め、暑い時には冷やさないと休めない。これが「安心と平和」のみなもとと知る。


地震に津波に原発と時が経つと専門家がマスコミに出て「...れば」「...たら」と、言うが現地で指揮をしてほしい。原発事故は、こんなに専門家がいたのに何故に起きたのか、今日のニュースには昨日の新聞が必要で多用である。

この日本の安全と安心に、そして生命・自由・幸福は絶対の権利で、その為に一日中、税金を払っている。


衆議院の南門の横から正門には院内の参観コースの憩いの遊歩道になっているが北海道から沖縄県までの都道府県の「県木」が植えられていて、時節には花が咲き、香りが立ち、実が実り「県」を教えてくれる。県木がうまく楽しむ日本の春夏秋冬を知らせてくれる。


葉が散り樹木のみの時には長野県木の白樺の白が際立って映えて見える。葉が茂り木が太ったように見える時は参観シーズンでもあり、代議士が(議員)木陰で団体に挨拶をしているが、児童・学生に「お父さん、お母さん、おじいちゃん・おばあちゃんから選ばれた○○○です。帰ったら○○○は元気でいたと言ってくれ」正門の広場で国会議事堂を背に国会に参加した証明の集合写真が多い。

2011年4月18日 at 20:54 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」10

 国会の中央広間に中央階段があり、天皇陛下の国会のお部屋「御休所」(ごきゅうしょ。おやすみどころ)に続いている。国会の開会式に天皇陛下がお出での時は、前庭側の窓は閉じられ、陛下の通過まで廊下は通行止めになる。


 御休所の前には松・竹・梅の漆喰で、お部屋の入り口には徳島県産のホトトギスという一枚岩の御影石で、産地の村おさは陛下のお部屋に使われる「石」を紋付き袴で港までお見送りしたと。


 上には八咫(やた)の鏡(天皇が代々受け継ぐ三種類の宝物の一つ)をあしらった鏡があり、お部屋は安土桃山時代の建築様式が取り入れられ、総予算の一割(当時280万円、現在の440億円)が当てられた。


 シルクの一枚織りの絨毯(当時の日本には養蚕で絹はあったが織る技術がなく、ドイツにて制作)金糸の鳳凰の刺繍、日本の地図の真ん中の静岡県の大井川の上流から紅葉石の暖炉に。お部屋には陛下のテーブルと椅子があり、完成当時に窓のカーテンを開けると富士山が見えたと。ここの工事人は毎日身を清めて作業に入ったといわれた。


 アメリカのメディア紙の東京支局長に「この部屋は陛下しか入れません」と案内をしたところ「掃除をする人は入りますよ」と言われたが、そのとおりである。御休所の隣には「皇族室」があり皇后陛下と宮様が入られる。

2011年4月11日 at 09:43 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」9


国会議事堂は正門から観て左に衆議院、右に参議院の建物である。国会議事堂を作るとき「日本の国会議事堂」だから、全て日本の国産品で造ろうと北海道から沖縄までの資材を集めたが


①『ステンドグラス』(焼つきガラス)照明効果と光 があたると鮮やかで華やぐが日本には造っているところが無くイギリスから輸入。


②『部屋の鍵』=衆議院内350以上の異なる部屋の鍵の閉会がマスターキーがあると、開閉が出来る鍵の技術がなくアメ リカから輸入。


③『郵便投函口』=郵便ポストで1階2階3階から郵便物を入れると地下に集まる施設で高い建物のないため日本で造っている会社がなくアメリカから輸入。


3品は輸入である。1920年(大正9年)から1936(昭和11年) まで17年の歳月をかけ、建設費用は当時の金で2800万円。当時の経済指数、物価指数などがないために現在の金に換算は出来ないが、米価で比較すると4400億円となり、延べ120万人が従事し、重機などない時代に大変な工事と推測がされる。


国会議事堂の中央玄関と中央広間は貴族院時代から天皇陛下を迎える「院」で、参議院の管轄地になっていて、衆議院と参議院の境になる。中央玄関は戦前は天皇陛下のみが通行できる玄関で、「開かずの門」とも言われ、戦後から選挙後の(衆議院の総選挙後の特別国会、参議院議員選挙後の国会)初登院に当選証明書を持参して通行するが、一番乗りはマスコミが取り上げるから8時の開門に午前3時ころから一番を競って並ぶが気迫が入っている。


また外国の国賓『VIP』大統領、王様、国王がおいでになると使われるが普段は閉鎖をしているが、特別記念日には解放して接する機会があって良いことである。


中央広間は沖縄県産の珊瑚石灰石で奈良の法隆寺が入る広さと高さでアンモナイトなどが壁にあり「化石の宝庫」と言われ、四角のうち憲政の功労者の「伊藤博文」「大隈重信」「板垣退介」3氏の銅像が三角あり、政治は夢とロマンであるから良い政治家になると銅像にと、一角が空いているやに。初登院をして議員記章が付けられて華やぐ所である。


中程には日本の四季の「春・吉野の千本桜」「夏・十和田湖」「秋・奥日光の紅葉」「冬・日本アルプスの冬景色」の壁画が彩り、天井には畳が50枚が敷ける広間で360度景観できる。戦後、東京は焼け野原でGHQが蓄音機を持ち込みダンスをしたとの逸話があり、四面の壁は英語の落書きが沢山ある。

2011年4月 6日 at 10:32 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」8


 先人は「いい言葉なら誰が言おうといい言葉だ」と説いているが、何を言ったかではなく、誰が言ったかで、国会での言葉は国民に伝える大事なものである。折に言葉は暴力に、それ以上にもなる。文言もしかりである。


 ヤジ(野次)=不規則発言は「国会の華」とも言われるが、本会議、委員会の会議録には載らないが『それで大臣が務まるか』に『君が代議士を務まるのと同じだ』と。言葉の争いは言葉の争いを生むだけである。


 大臣は省(役所)の最高責任者で、「うちの省(役所)のオイカ予算を頼む」と陳情していると「○○大臣の言っているのは追加(ついか)予算のことか」「おお、そうとも言う」


 衆議院議長室には日本画家橋本関雪の「香妃戎装(こうひじゅうそう)」と2階から3階の踊り場に洋画が1点のみにて、時の議長・副議長が「国会は殺風景だ」絵画で和むようにと、本会議場の回りには購入すれば億単位の画家の『平山郁夫』『大山忠作』『鈴木竹柏』『松尾敏男』『中山忠彦』の各氏に直接に絵画の寄贈を依頼した日本画、洋画がスポットライトに浴びていて「美術院」である。

2011年3月29日 at 12:29 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」東北・関東大震災編 パート2


 メディアは東日本大震災・(東北・関東大震災)をリアルに映すが政府の第一の義務は自国民を守ることにある。「遺憾」と「残念」そして「全力」を繰り返す言葉に重みがない。今にして評論家は「懸念をしていた」とは結果を論じるやからである。地震、津波は一過性で、自然を恐れることはない。これを教訓にそれに対応する準備を今からすればよいからである。


 20世紀の最大の事項は『核兵器を作り、核兵器を使用した』ことだ。日本は水力発電を、火力発電をそして原発に。原発は「平和利用」と経済が求め、経済力は繁華街、遊技場、商店は昼間と同じ明るいネオンが映え、1階から2階に身障者やお年寄りに配慮したエスカレーターがあるが歩ける人は歩けばよい。


 自動販売機は24時間365日稼働しているし、コンビニは24時間営業、夏には一気に冷蔵室を思わせる温度で、過剰のサービスはいらない。原発はこれでもか、これでもかの安全策を講じる事が科学者とサポートする政治は英知を結集する期である。


現今の「計画停電」を境に「無駄は何か」「もったいないは何か」総点検の良い機会と知る。電気も暖房も食料もない被災地の映像に「揺れただけ」の地は心すべきである。


常々「見舞い広告」が紙面に出るが、広告代は被災地に活用した方が助かるはずだ。

2011年3月23日 at 18:07 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」7


国会(衆議院)の三冠王は①議員在職25年 ②副議長になる③議長になる。現在(衆議院)では3人が国会(衆議院)の三冠王である。


議員在職25年には選挙を8回、9回クリアーしないと到達できない。在職議員25年を経ると本会議にて院議をもって表彰されるが苦楽の婦人と後援会の人を傍聴者にお呼びになる人が多く、栄誉に院内の委員会室に30号の肖像画を掲げられる。


副議長には党の要職を経験するか、大臣を略歴して就いている。時の副議長で大臣時代に選挙区からの陳情で選挙区に急行電車の停車駅を確定させ、それが問題視され辞任に、「やはり野に置けれんげ草」と言われたが、副議長になられ、副議長室前に記者から「急行電車いるか」(副議長は中にいるか)と問われた事がある。


1時間を超える本会議は議長と交代で議長席につき議事進行をするからはこの時は副議長は議長になる。議長は三権の長であるし院の最高責任者である。


折に衆議院に議員として50年在職した尾崎行雄氏、三木武夫氏の胸像が、衆議院玄関にあり、登院の際には敬礼をする人が少なくない。

2011年3月22日 at 17:45 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」東北・関東大震災編


『東日本大震災・ M9.0』を東京で体感して地震の凄さを知ったが、岩手、宮城の悲惨さをメディアは画面、写真で伝えてくれるが、地震と津波の力を思い知らされる。


科学者、研究者は「想定外」と言われるが聞くに寂しい。「想定内」を研究するのは当然で、「想定外」を研磨する事が責務である。


政府や役所と役人(公務員)は資料やデータを持っているが、先の大戦の後に「政府が持っている数字が正確ならば、戦争に入らなかった。正しい資料なら負けなかった」と回顧している。


現今の国会議事堂は日本は地震国だから地震に強く、先の国会議事堂は2つとも火災で焼失しているので火事に強い「石」でとの設計と施行で石材は33センチ立方にして積み立てると富士山の約30倍を使用してその石を支えた鉄筋の長さはハワイのホノルルまで(7000キロ)と。


議事堂内の1階、 2階、3階の部屋と廊下の天井は高く圧迫感がないが防火面からで、火事は煙からの被害が多く、天井が高いと煙は上に行くからその間に外に出るように。衆議院の本会議場には本会議中に大地震がおきた時は議席の下に防災頭巾が常備してあり、議長の宣告の後にはすべての扉が全開され議場外に案内される。


光を取り込むための天井のステンドグラスには大きい地震の教訓から針金を入れてあり、ステンドグラスは落ちてきても小さい破片であるから防災頭巾で身を守り、その間に退室をとの事を新人議員は本会議場にて教えられている。


関係職員は本会議のセットのない日には大地震の際の誘導方法などの訓練を積んでいる。

2011年3月14日 at 17:06 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」6


 国会の前庭に憲政記念館がありシンボルの時計塔は3本の柱から立法、行政、司法の三権分立を象徴している。三権は侵犯すべきではないとの教えがある。人の本懐は①三権の長、①将棋の名人、①オーケストラの指揮者を目指せと言われたが、指先一つで指示が出来るからと解説された。


 議員で新聞を3時間読む。スポーツ面しか見ない。テレビ番組を真っ先に見る。自分の掲載記事のみ、新聞で信用できるのは日付だけと、議員も様々いるが正直である。


 強い志の議員は初当選の時から光っているし「時の人」にはマスコミのとりまきが表情と言語を求め廊下が狭くなるから分かりやすい。

近頃は有権者の意識は露出度で決まるからどおしても目立った人が勝利をしている。正しく見るためには二度見よ、美しく見るためには一度しか見るな(スイス・アミエル)嘘には花は咲くが実はならぬ(スペインの諺)政治を真に変えるなら法律を変えねばならない。


 ハーバード大学、マイケル・サンデル教授は「前の世代の過ちを今の世代に償いの義務があるか」との質疑には100人100様の答で、右との答えには左が反発し、左の答えには右が反発するが時の自己の利益で動くのが人の世である。解らないということが解った如く無策こそ最上の策もまつりごとのひとときかも知れぬ。

2011年2月25日 at 11:44 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」5

衆議院の本会議場は院内で一番大きい総欅作りで畳が450枚敷け、中庭の池の回りから新鮮な空気を議場に送り込む装置があり、照明は何時でも晴天の日の午前11時の明るさを保つ本丸殿であり衆議院議員480人が一同に会し「時」と「事」を院(国)の意思決定どころとなるから折に政治史誕生地である。


年間に120本前後の法律が出来ているから行政、司法は国会に目が向いてしまう。わが国の領土である『竹島』『尖閣諸島』を漁場にしている人以外の日本国民の大多数が関心も興味もないとのデータには驚きと辛いものがあるが竹島は韓国が実効支配をしているから中国はこの方式を韓国から学び尖閣諸島の実効支配を狙っているやに思われる。

世界人口69億人には69億人様の正義があるからどれが正しいと言うのではなく歪みがあれば調整し常に最大公約数を求めるのが国家間であり政治家の使命である。「迷ったら歴史に聞け」と学びながらも歴史は過去と現在の対話であるが歴史を造るのは「小説家」であるから真実・事実は永遠に解らないものかも知れない。

現今は歴史より前にあるからむごい事を知る時は辛い。教師から議員になり教師の時に児童に『氷が溶けたら何になるか』と問うと『氷が溶けたら春になる』との答に豊かな心に政治をと解いた教育論には与野党が敬意を述べていたがどしても政治は数が力なり、力は正義になるのである。

2011年2月20日 at 22:33 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」4

日本国は1945年の敗戦から66年の今日「良いこと」と「良くないこと」の両面が現れて居る。「良いこと」は戦後66年で医療の進歩、生活の向上で寿命が30余年伸びたこと。

人生100年時代は素晴らしい。

時に国会議員がドクターの勧めから国会の赤ジュウタン(4600メートル)を歩いていたが滑らないし風雨に当たらないから運動には「良場」である。「良くないこと」は少子高齢化である。現今の推移から2060年には日本国民は9000万人前後と推測されている。

国会議員が後援会の婦人部が見えると、少子高齢化の話しをされ子や孫をと進言をされるが、この政治家は次の日本を知っている。奇しくも戦前に同盟を結んだ日本、ドイツ、イタリアがこの形態に入っているが机上の数字であってほしい。まして日本は「消えた高齢者」「無縁社会」の暗部が映像になり、人間は弱い者で環境により初志が貫けない時があるから政治と政治家の深い関与かほしい。

敗戦から古来の勤勉に経験主義と現実主義で10年で所得倍増を6年で達成した日本人には知恵がある。

2011年2月12日 at 02:00 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」3

GHQマッカーサー元帥の執務室の額に「20歳の青年より60歳の人に青春がある」この詩で統治政策を遂行したと言われているが、明日を来月を、一つの人生を二つの人生に楽しむ思考が長生きの一つかもしれない


政治は政権を得てビジョンを遂行するが、全員(全会)一致などないのが「民主主義」で「民主主義」はとかく時間がかるものである。


スポーツ(運動)は結果が明快であるから、スポーツ選手は青少年の憧れと目標である。特に野球選手、サッカー選手は憧れの上位であるにもかかわらず、選手が「長髪」でグランドに「唾」を吐き、ガムを噛み続けているアップの映像には憤怒を覚える。「茶髪」でプレーをしている選手はおしゃれのつもりならプライベートでして、「選手」の時は「選手」であってほしい。


 優勝インタビューにジーパン、ポロシャツ姿はいかなる選手であっても公的放送の前に出るべきではない。「選手は紳士であれ」との先駆者の言葉を思い起こしてほしい。大学生がプロに決まり公的なところは学生服で対応しているから応援団が多いがこれが大人のプロである。

 

政党は政権を取る集団であるから政治に参加するには選挙に出かけるべきであり、スポーツ(運動)は「優勝」が目的であるがギャラリーはプレーと人を観ている。


2011年2月 2日 at 22:51 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」2

インターネットの登場で変化する政治・経済・社会を「読む」から「見る」に情報感覚が変化し、ツイッターによって隠されているものが表に出てるが「知るべき権利」を報道するのはジャーナリストの根幹である。
福沢諭吉翁は人間は125歳まで生きられると述べているが今この便利なモノを利用せずにはいられない。映像の今、大のお大人が「ボク」とは滑稽であり情けない。「ボク」を使うのは学生までで、大人は「私・わたし」である。
時として「公人」が「私個人としては・・・」とメディアの前で言うが、公人は常に「公人」であり責任がある。外国人944万人の来日者は日本の文化・伝統に魅せられたといい、日本国民を問うと親切な人と真面目な心と返ってくる。
公共放送が定時ニュースで「スゲー」「マジッスカ」を流すが日本語ではない。
外国人に今のは何ですかと聞かれるが、辛い。
時節に米国の日本の野球選手を実況さながらに報じるが「スポーツコーナー」ですべきで、例えていうと青年が見知らぬ老人の荷物を手伝う姿など今日の「日本の美景」として流すと、今の「伊達直人」の日本人の心を開花させる。それでこそ公共放送である。

2011年1月19日 at 16:33 | パーマリンク

 

西澤貞夫「つれづれ山河」1

川柳に「あの暑さ取っときゃ良かったこの寒さ」
厳寒はつらいが襟巻きが、手袋が、足袋がある。
人間の身体は60兆の細胞から出来ている。
来年度の国家予算は92兆円超とは凄い数字であるが、日本国民1億2700万人がどのように使うかで、政治にかかわりを持たぬようにしても、政治の方からかかわって来る。
近代日本は黒船の来航により明治維新に、日清・日露戦争に勝利して世界の強国に入り、国が富めば軍備を増強して領土を拡張し世界制覇に進むのは歴史が証明しているが、先の大戦の教訓から軍国主義者が指導と言うが国民の熱狂をあおったジャーナリスト、ジャーナリズムの責任である。
民主主義下のマスコミは三権よりも上位の格付けの様にあり「世論調査」はマスメディアが作り「選挙」をも操作しているから政党、内閣、議員は数字にばかり目が向き本来の仕事が遠くなっている。
「小選挙区制度」は1位は当選、2位では落選と2位以下の民意が生かされぬ制度でここ数回の選挙から歪みの指摘が多く先例の英国でも議論が始まっている。
日本の風土から大きい政治家を造るには「中選挙区制度」がふさわしい。
大きい政治家が生まれ国家・国民像を描いてほしいものである。

2011年1月19日 at 16:23 | パーマリンク

 

「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」


「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」

40余年、国会職員として政治・政治家を観て「方丈記」のこの一説が浮びます。国会は1階に事務局の部課、2階に本会議場・議長室・副議長室・事務総長室等、国会役員室と政党の控え室・記者クラブが陣を敷いている。本会議場の記者席の前には江戸時代の縦割り身分制度の士・農・工・商を彫刻で横一列に議場を取り巻いていて、これには『身分階級境なく話し合う民主主義の基』が込められている。


 国会には「国会用語」がたくさんある。採用後、すぐに部課に配属されるが、新人であっても一人前に扱われ、夕刻に上司から「コクタイを見てきてくれ」と言われ「何階ですか?」「2階だ」階段を登りながら(国会は凄いところだな!こんな時間にコクタイをやっているのか)、そして「2階で国民体育大会はやっていません!」と報告したものである。コクタイは政治で政(まつりごと)を治め言葉で国を左右する。国会議員は25年を迎えると院議をもって表彰されるが、これは本人の栄華と選挙区の名誉である。時の議員で25年議員を過ぎると弁護士の資格を与える法案を用意した人がいたが、立法に携わっているからの発想であって一理ある


 衆参国会議員722名、折に漫画で面白ろおかしく描かれているが、立っている電柱にも頭を下げ、犬猫にも手を振る凄い戦いの選挙で選ばれ議員徽章を付けているが真摯な人多い。


 国家論者は政治家であり、選挙至上主義者は政治屋である。政治の最終章は戦争に至る。政権は人事と予算を握れる。政権がした事を知る術は政治機関。権力は魔物である。


現今の選挙制度で51%得票は当選、49%だと落選する。49%の民意は?

政治が安定すると経済が安定する。

2010年9月14日 at 17:29 | パーマリンク

 

西澤貞夫の国会一筋40年がはじまります。

やまと新聞の1コーナーとして、国会一筋40年の西澤貞夫がコラムを担当いたします。

よろしくお願いします。

2008年12月17日 at 14:34 | | パーマリンク